わが国航空発祥の地 【埼玉県所沢市:所沢航空記念公園】

日本最初の飛行場(滑走路の跡) C-46A輸送機(天馬) 会式一号機の(レプリカ) 航空整備兵の像 我が国最初の航空犠牲者記念塔 フォール大佐の像 所沢航空記念公園 所沢航空発祥記念館 航空公園駅 駅前に展示しているYS-11の機体 ところバス プロペ通り ファルマン通り 所沢市のシンボルマーク マンホールの蓋 航空発祥100週年の記念碑

日本最初の飛行場

日本で最初の飛行場は、明治44年4月開設された「所沢飛行場」である。開設当初、所沢飛行場の敷地面積は約76.3ヘクタール。飛行機格納庫、気象観測所、燃料庫、東西方向に幅約50メートル、長さ約400メートルの滑走路を持つ飛行場であった。「所沢航空記念公園」は、所沢飛行場の跡地に造られた都市公園である。所沢飛行場での初飛行は、明治44年(1911年)4月5日の早朝に開始され、徳川好敏大尉が、フランスの飛行機「アンリ・ファルマン複葉機」で、高度10メートル、飛行距離は800メートルであった。所沢の住民はもとより、多くの見学者が、飛行を一目見ようと近在各地から集まり、訓練日には桟敷が設けられ、飛翔のたびに歓声が上がったといわれている。

日本最初の飛行場(滑走路の跡) 「日本最初の飛行場(滑走路の跡)」

C-46A輸送機(天馬) 「C-46A輸送機(天馬)」

わが国初の国産民間機

元海軍技師の「奈良原三次」は、若いときから航空機に興味を持ち、自費で飛行機製作に取り組んでいた。奈良原三次は、明治44年4月「奈良式2号機」を完成させ、その年開設された「所沢飛行場」に運びこみ、奈良原三次が、自らの操縦により、高さ4メートル、距離60メートルの飛行に成功したのである。わが国初の国産民間機による飛行は、「所沢飛行場」においてであった。

日本最初の国産軍用機

明治44年7月、徳川好敏大尉の設計により日本で最初の国産軍用機「会式一号機」が所沢飛行場内で製作された。これは「アンリ・ファルマン複葉機」を参考に、より高い性能を持つことを目的に製作された。明治44年10月、「所沢飛行場」において、徳川好敏大尉自らの操縦によって初飛行に成功した。時速72キロメートル、最高高度85メートル、飛行距離1600メートルであった。

会式一号機の(レプリカ) 「会式一号機の(レプリカ)」

日本最初の航空学校

飛行機の発達にともない、大正6年「所沢飛行場」を、当初の3倍近くに拡張し、大正8年に、日本最初の航空学校である。「陸軍航空学校」が創設された。昭和に入り、東京陸軍少年飛行学校や陸軍航空技術学校、陸軍航空整備学校などが所沢に設立され、多くの少年飛行士を送り出した。

航空整備兵の像 「航空整備兵の像」

我が国初の航空犠牲者

大正2年(1913年)3月28日、所沢飛行場を離陸した木村鈴四郎砲兵中尉と徳田金一歩兵中尉の搭乗する「ブレリオ機」は青山練兵場に着陸し、貴・衆両院議員の観覧及び説明の後、午前11時36分帰航の途についた。ところが、所沢飛行場北東約1500メートルの上空に差し掛かったとき、突風に左の翼を破壊され両中尉は飛行機と共に墜落して殉職し、我が国初の航空犠牲者となり、国民のすべてが深くその死を悲しんだ。

我が国最初の航空犠牲者記念塔 「我が国最初の航空犠牲者記念塔」

フォール大佐

フォール、フランス陸軍砲兵大佐は、大正8年1月、63名のフランス航空教育団長として来日、約十九ヵ月にわたり航空技術の指導教育をし、我が国航空界の発展に貢献した。

フォール大佐の像 「フォール大佐の像」

所沢航空記念公園

所沢飛行場は終戦後、米軍に接収され占領下にあったが、昭和46年に返還された。埼玉県は、返還された所沢飛行場を「日本の航空発祥の地」であるとし、昭和53年に「所沢航空記念公園」を整備し、平成5年に「所沢航空発祥記念館」を建設した。

所沢航空記念公園 「所沢航空記念公園」

所沢航空発祥記念館

1903年(明治36年)ライト兄弟が「フライヤー1号」で世界初の動力飛行に成功し、航空技術は急速に実用化され始めた。我が国においても1911年(明治44年)所沢飛行場が誕生し、「アンリ・ファルマン複葉機」で演習飛行が行われた、これが我が国初の飛行場での初飛行となった。一方所沢を航空発祥の地として末永く後生に伝えるため航空資料の調査収集も始まり、航空をテーマとした博物館として平成5年4月に公園のシンボル施設として開館した。

所沢航空発祥記念館 「所沢航空発祥記念館」

航空公園駅

所沢が日本の航空発祥の地であることから、西武新宿線「航空公園駅」の駅舎のデザインを、所沢飛行場にて日本で初めて飛行した航空機「アンリ・ファルマン複葉機」をイメージしている。駅舎中央の時計がプロペラに見える。中央広場のモニュメントは「天翔」飛行機が大空を飛翔するイメージしている。

航空公園駅 「航空公園駅」

駅前に展示しているYS-11の機体

航空公園駅前広場に展示しているYS-11は、日本航空機製造が製造した旅客機、第二次世界大戦後に初めて日本のメーカが開発した旅客機である。長期にわたり運用されたが2011年日本において運行を終了した。

駅前に展示しているYS-11の機体 「駅前に展示しているYS-11の機体」

ところバス

市内循環「ところバス」のデザインも日本で初めて飛行した航空機「アンリ・ファルマン複葉機」をイメージしている。所沢市では、バス運行の周辺の観光スポットを紹介している。天気の良いとき「ところバス」に乗って出かけると良い。

ところバス 「ところバス」

所沢の商店街

所沢の駅西口を降りると、「プロペ通り」と呼ばれる所沢最大の繁華街だ、航空発祥の地でもある所沢市らしく、飛行機の「プロペラ」から商店街の名前を取った。プロペ通りに入ると若者が多く店舗構成も若々しい、プロペ通りを抜けると、こんどは、「ファルマン通り」商店街に出る。これも日本で初めて飛行した「アンリ・ファルマン複葉機」に由来している。

プロペ通り 「プロペ通り」

ファルマン通り 「ファルマン通り」

所沢市のシンボルマーク

シンボルマークのデザインは、所沢市の魅力の一つである「狭山丘陵」や「日本の航空発祥の地」を素材として、緑豊かな未来都市への飛翔をイメージし、飛行機をベースに青い空と武蔵野の緑を表している。 マンホールの蓋にも「アンリ・ファルマン複葉機」がデザインされている。

所沢市のシンボルマーク 「所沢市のシンボルマーク」

マンホールの蓋 「マンホールの蓋」

100周年の記念碑

明治44年4月1日、日本で最初の航空機専用飛行場が所沢に開設され、4月5日に徳川好敏大尉操縦の「アンリ・ファルマン複葉機」の初飛行が行われてから100年。記念碑はその100周年の記念と、所沢の名誉ある航空の歴史をたたえるものである。

航空発祥100週年の記念碑 「航空発祥100週年の記念碑」
35.797975,139.473667
名称所沢航空記念公園
住所埼玉県所沢市並木1-13
電話番号00-0000-0000