さきたま火祭り 【埼玉県行田市:さきたま古墳公園】

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松明をかかげての大行列まつり、そして産屋炎上!!

夕闇が迫るころ、さきたま火祭りがクライマックスを迎えた。勇壮な音楽に合わせ、地元の人々約300人が古代衣装を身につけ、ニニギの命、コノハナサクヤ姫を先頭に松明(たいまつ)をかかげて大行列、そして古代住居・産屋を炎上させた。天照大神の孫「ニニギの命」が大山津見神の娘「コノハナサクヤ姫」と結婚した。コノハナサクヤ姫が婚姻の夜、身籠もったのを疑われ、その疑いを晴らすため自らこの産屋に入り「神の御子であるならば、たとえ火の中でも無事に生まれるでありましょう」と、この住居に火を放ち、燃えさかる炎の中で「海幸彦(ウミサチヒコ)」と「山幸彦(ヤマサチヒコ)」の二柱の神々を無事に出産したとされる神話である。さきたま火祭りは、観る人々を古代のロマンと神話の世界に誘う祭りである。古代を背景に神秘的な空間が演出され、訪れた多くの観衆を魅了した。

行田市は、埼玉県北部に位置する人口約8万3500人の市である。行田市大字埼玉(さきたま)は、「埼玉県」という地名の発祥地であるとされている。室町時代には、忍城(おしじょう)が築かれ、成田氏を中心とする武士団の本拠地として周辺に勢力を拡大していた。江戸時代中期より、下級武士の内職として足袋の生産が始まり、今でも地場産業として一定の地位を占めている。

36.1261026,139.478908
名称さきたま古墳公園
住所埼玉県行田市埼玉(さきたま)4834
電話番号048-559-0047


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