さいたまの四季 12月

鉄砲まつり

八幡神社(小鹿野町)

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鉄砲まつり 八幡神社

「お立ち」と言われる神事。銃火の中を、二頭の御神馬がそれぞれ参道から社殿までの急な石段を一気に駆け登る。


鉄砲まつり 八幡神社

参道の両側には、猟銃をたずさえた地元猟友会の人々や火縄銃保存会の人達。


鉄砲まつり 八幡神社

祭の安全を祈ってお祓いを受ける地元火縄銃保存会の皆様方。


鉄砲まつり 八幡神社

「お立ち」と言われる神事終了後、火縄銃の一斉砲火が披露された。


鉄砲まつり 八幡神社

参道から社殿までの急な石段を一気に駆け登った御神馬。


鉄砲まつり 八幡神社

毎年12月第2日曜日とその前日、八幡神社の例大祭「鉄砲まつり」が賑やかに催される。


鉄砲まつり 八幡神社

八幡神社の参道と急な石段を銃火の中、二頭の御神馬が一気に駆け登る。「鉄砲まつり」は江戸時代、豊猟祈願や猟師による火縄銃の試し撃ちが起こりと云われている。


鉄砲まつり 八幡神社

境内「御神札授興所」では、年明けのお札を可愛い巫女さんにより配布(有料)されていた。


鉄砲まつり 八幡神社

小鹿野町立三田川小学校、生徒による歌舞伎の上演。


鉄砲まつり 八幡神社

小鹿野町立三田川中学校、生徒による歌舞伎の上演。


鉄砲まつり 八幡神社

上飯田地区内を曳き回す“笠鉾”、子供達のお囃子で曳き回しが盛り上がっていく。


鉄砲まつり 八幡神社

歌舞伎を上演していた“屋台”を子供達のかけ声、お囃子で上飯田地区内を曳き回す若者衆。


鉄砲まつり 八幡神社

「御輿渡御(みこしとぎょ)」八幡神社の御神霊を御輿(みこし)にうつし、華やかな笠鉾・屋台の曳き回しの後に付いて、川瀬神事に向かう。“川瀬神事”は、地元の方だけで行われる。


鉄砲まつり 八幡神社

赤平川の上流の川縁に御輿を据え置いて、神職による神事がしめやかに行われる。これが“川瀬神事”である。対岸の山裾の斜面に“祠”があり、その神様と神社の神様が逢瀬を楽しまれると云われている。


鉄砲まつり 八幡神社

“川瀬神事”が済むと、神社に戻る。行きも戻りも先導役は天狗の面を被った“猿田彦”である。


秩父路に火縄銃と猟銃の銃声が轟く‼

参道の両側には、猟銃をたずさえた地元猟友会の人々や火縄銃保存会の人達。異様な静寂を突き破り、空に向けて一斉に放たれる銃火の中を、二頭の御神馬がそれぞれ参道から社殿までの急な石段を一気に駆け登る。轟音と硝煙に包まれて「お立ち」の神事は秩父路の祭のフィナーレを飾る。

鉄砲まつりは、毎年12月第2日曜日とその前日に行われる。1日目は午後より笠鉾・屋台の曳きまわしや、歌舞伎の奉納。2日目は祭本番、午前から祭典が行われ、境内の神楽殿では終日、神楽が奉納される。神社石段下に曳き付けられた屋台上では、歌舞伎が奉納される。夕刻になると、十万石の格式二百七十余年の歴史を誇る大名行列が独特の所作で参道を進み祭の興奮は徐々に高まっていく。数十丁の鉄砲の砲火の中、二頭の御神馬が神社の石段を駆け上がる「お立ち」と言われる神事が始まると祭はクライマックスを迎える。「鉄砲まつり」と呼ばれる所以(ゆえん)は江戸時代、火縄銃の頃に遡る。豊猟祈願や猟師の試し撃ちが起こりともいわれるが、起源は明らかではない。
夜になると再び歌舞伎が奉納され、拍手喝采の終演とともに冬の夜空に打ち上げ花火が華やかな彩りを添え、祭が締めくくられた。


撮影場所:八幡神社

住所:埼玉県小鹿野町飯田2756

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