さいたまの四季 12月

正法寺の除夜の鐘

坂東十番札所正法寺(東松山市)

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正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

恒例のNHK紅白歌合戦が終了する頃、寺の住職による念仏が唱えられ一回目の除夜の鐘が突かれた。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

寺の住職が第一回目の除夜の鐘を突いた後は、待っていた一般の方々が、梵鐘の下に賽銭をおいて順番に突いていた。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

境内では、除夜の鐘とともに新年のカウントダウンが始まり初詣が開始された。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

神社仏閣では、正月の心理効果を上げる目的で山門などに幟(のぼり)を設置する。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

参道から石段を少し登った所に「巌殿山」の額を掲げた仁王門がある。左右には仁王像(金剛力士)が立っている。寺院内に仏敵が入り込むことを防ぐ守護神としての性格を表している。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

正法寺は、鎌倉時代に板東第十番の札所になった。西国三十三番、板東三十三番、秩父三十四番とセットされる百観音札所の一つである。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

正法寺は、真言宗智山の寺院で、岩殿山修善院といい、岩殿寺とも云われている。観音堂は、明治11年(1871年)の建立である。本尊の千手観音は、室町時代の作と伝えられている。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

11月末から12月初旬にかけて黄葉(こうよう)が見られる大銀杏は、樹高約25メートル、根周りが約11メートルあり、樹齢は700年を超えると推定されている。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

銅鐘(梵鐘・ぼんしょう)の外面には無数の傷がある。これは豊臣秀吉による関東征伐の際に、山中を引き摺り回した時の傷だと云われている。


正法寺の除夜の鐘 坂東十番札所正法寺

正法寺の境内から坂道を登ると「物見山公園」がある。比企丘陵自然公園の一部で、季節の木花や紅葉が美しい。物見山からは関東平野が一望できる。


古寺の除夜の鐘で新しい年を迎えた!!

巌殿山・正法寺(しょうぼうじ)から鳴り響く除夜の鐘とともに新しい年を迎えた。正法寺の銅鐘(梵鐘・ぼんしょう)は、元亨2年(1322年)に鋳造されたもので鐘身113㎝、口径78㎝である。外面には無数の傷があり、これは豊臣秀吉による関東征伐の際に、山中を引き摺り回した時の傷だと云われている。鐘楼(しょうろう)は、元禄15年(1702年)現在の東松山市野本の山田茂兵衛の寄進によって再建されたものである。茅葺き屋根の古い建物として、東松山市の有形文化財に指定されている。「除夜の鐘」の除夜とは、鐘を鳴らしながら最後の夜を除き、新しい年を迎える行事である。仏教では、人には百八つの煩悩(ぼんのう)があると考えられてきた。この煩悩を祓うために除夜の鐘の回数は、108回つくとされている。動揺の「♪夕焼けこやけで・・・お寺の鐘が鳴る♪」と歌われた歌詞に出ているように、寺の梵鐘はふだん、朝夕の時報としても用いられている。

正法寺がある東松山市は、埼玉県のほぼ中央に位置する人工約9万人の市である。東松山市になる前までは、松山町と呼ばれていた。かつては1333年に築城されたとされる「松山城」の城下町として発展した町であった。正法寺は板東三十三カ所の十番札所である。一般には「巌殿観音」の通称で知られている。現在の観音堂は、明治11年(1871年)の建立である。本尊の千手観音は、室町時代の作と伝えられている。境内には、樹齢700年を超える「大銀杏」もある。


撮影場所:坂東十番札所正法寺

住所:埼玉県東松山市岩殿1229

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