さいたまの四季 1月

さいたま市消防出初式

大宮消防署訓練所(さいたま市)

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さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

浦和、大宮、与野鳶職組合のメンバーによるはしご乗りが披露された。江戸時代に町火消の中心となったのは鳶職であった。現場に着いたがいっこうに火の手が見えない。そこで持参したはしごを立て急場の火の見やぐらの代用に付近を見渡したのが、はしご乗りの由来と言われている。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

浦和木遣保存会のメンバーによる纏振りが披露された。纏(まとい)は、江戸時代に町火消が用いたもので、消火活動のとき「纏持ち」と呼ばれる火消がこれを持ち、風下の屋根の上にあがり、放水や建物の破壊など消火活動の目印と自分たちの組(消防分団)であることを示すものであった。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

消防団員ら1700人が参加して開会式典が行われた。開会宣言、市長訓示、来賓祝辞などで開催され、会場には観客約3500人が訪れ、晴れ姿を見守った。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

清水勇人市長は訓辞で「消防団は地域防災力の中核として、欠くことができない存在だ。昼夜を分かたず活動いただき、感謝申しあげる」と挨拶し、消防団の分列行進に敬礼をした。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

さいたま市消防局の消防隊員と埼玉県防災航空隊ヘリコプターによる救出訓練を公開した。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

震度6の地震が発生し、5階建ての4階から出火したとの想定で、はしご車が出動。初期消火訓練や逃げ遅れた人の救助訓練が公開された。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

さいたま市消防団、岩槻ブロック11分団による一斉放水が披露された。さいたま市の消防団は、消防署単位でブロックされ、63分団組織されている。女性分団もある。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

一斉放水終了後、ホースなどの丸め方や車両の撤退など消防団の機敏な動きも披露された。消防団は現在、団員数の減少と平均年齢の上昇が問題となっている。出初式会場で消防団員の募集も行われていた。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

最新型の消防車両や救急車両なども展示され、消防団員が見学者に説明をしていた。


さいたま市消防出初式 大宮消防署訓練所

さいたま市消防局のマスコットキャラクターも登場。出初式を見学に来てくれた子供たちと楽しい1日を過ごしていた。


“災害への備え、地域の連携の絆”消防団員ら1700 人が参加した!!

新春恒例のさいたま市「消防出初式」が大宮消防署訓練所で消防団員と市消防局職員ら約1700 人が参加、天候にも恵まれ盛大に開催された。出初式の起源は、江戸時代に発生した(1657)明暦の大火では火勢を食い止めることが出来ず江戸城天守閣を含む江戸の大半が焼失した。この復興作業にあたる町民は、絶望的な状態にあった。このような状況のもと、1 月4 日、時の老中稲葉伊予守正則が定火消(じょうびひけし)総勢4 隊を率いて、上野公園東照宮前で「出初」を行い気勢をあげたことが、市民に大きな希望と信頼を与えた。これが契機となり、正月の恒例行事として現在まで受け継がれてきた。さいたま市消防出初式は、清水勇人市長の訓辞で始まり、消防団の部隊視閲を実施した。市消防局の消防隊と県防災航空隊ヘリコプターによる救出訓練を公開。市内鳶(とび)組合メンバーが、はしご乗りを披露したほか、消防団車両による一斉放水なども行われた。会場には見学者約3500 人が訪れ、晴れ姿を見守った。

さいたま市消防の沿革は、2001 年5 月浦和市、大宮市、与野市の合併により「さいたま市消防本部」を設置した。2003 年4 月さいたま市が政令指定都市に移行したことにより「さいたま市消防局」に改称。2005 年4 月岩槻市の編入合併に伴い、岩槻市消防本部を編入した。さいたま市消防局は県内唯一の「特別高度救助隊(さいたまブレイブハート)」が設置されている。高度な資機材を装備し、県内で地震等による大規模災害が発生した際に救助・救命活動を行い、県民の生命を守ることを任務としている。


撮影場所:大宮消防署訓練所

住所:埼玉県さいたま市大宮区天沼町1-893

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