
上町・氷川神社境内に、仮装した七福神が集合。記念撮影終了後に仮装パレードがスタートした。

氷川神社(ひかわじんじゃ)は古来与野の氏神で、扇の宮と呼ばれ信仰されている。神社には中国の神「福禄寿(ふくろくじゅ)」が祀られている。

一山神社(いっさんじんじゃ)では、女性神職のお祓いを受けた。神社には七福神の中で唯一の日本の神「恵比須神(えびすじん)」が祀られている。

パレードの先導は「上峰囃子連」、笛や太鼓の軽快なお囃子で七福神パレードを盛り上げた。

与野公園の中にある「天祖神社(てんそじんじゃ)」、赤い鳥居が目印である。

天祖神社を参拝した後の記念撮影。天祖神社には中国の神「寿老神(じゅろうじん)」が祀られている。

「御嶽社(おんたけしゃ)」社殿を参拝する「弁財天(べんざいてん)」。一般に弁天様と親しまれ、七福神の中で唯一の女神である。インドの神で日本では学問の神、学芸全般の神として神社に祀られている。

御嶽社社殿を参拝した後の記念撮影。御嶽社は、江戸時代に盛んだった木曽御嶽信仰に基づいて、与野の名主であり熱心な信者であった「井原平八(いはらへいはち)」によって建立されたと伝えられている。

「円乗院(えんじょういん)」を参拝する「大黒天(だいこくてん)」。大黒天はインドのヒンズー教シヴァ神がその起源で、インドではマハーカーラという。マハーは「大」、カーラは「黒」や「時間」を意味し、インドでは「死を司る神」とされている。

参拝した後の記念撮影。「円乗院(えんじょういん)」は、鎌倉幕府の武将・畠山重志が創建したものを、慶長の時代にこの地に移建したものである。インドの神様「大黒天(だいこくてん)」が祀られている。

「円福寺(えんぷくじ)」を参拝した後の記念撮影。円福寺には七福神の中で唯一、実在の人物「布袋尊(ほていそん)」が祀られている。布袋尊は中国唐時代末期に活躍した僧で、太鼓腹を露出し、常に布の袋を背負い、堂々と歩いていたことから、布袋和尚と呼ばれ親しまれた。

「鈴谷大堂(すずやだいどう)」を参拝した後の記念撮影。インドの神「毘沙門天(びしゃもんてん)」が祀られている。毘沙門天は仏教の守護神で、甲冑を身につけ、右手に武器を持ち、邪鬼を踏みつけ、財宝・勝運をもたらすとされている。

与野七福神仮装パレードを動画でご覧ください。
与野七福神めぐり!!
新春恒例の「与野七福神仮装パレード」が、地元の「上峰囃子連」のお囃子の先導で「上町・氷川神社」をスタートして「一山神社」、「天祖神社」、「御嶽社」、「円乗院」、「円福寺」、「鈴谷大堂」、の七福神の祀っている寺社を練り歩いた。与野七福神は、かつての鎌倉街道や羽倉街道、岩槻に抜ける日光街道の脇往還として栄えた、さいたま市中央区(旧与野市)本町通りに点在している。七福神とは、日本で信仰されている七柱の幸福を招く神のことである。七福神のはじまりは室町時代とされ、中国やインドから伝来した仏教や日本の神などから選ばれている。
武州与野・七福神の寺社
「上町・氷川神社(ひかわじんじゃ)」(福禄寿・ふくろくじゅ・中国)
「一山神社(いっさんじんじゃ)」(恵比須神・えびすじん・日本)
「天祖神社(てんそじんじゃ)」(寿老神・じゅろうじん・中国)
「御嶽社(おんたけしゃ)」(弁財天・べんざいてん・インド)
「円乗院(えんじょういん)」(大黒天・だいこくてん・インド)
「円福寺(えんぷくじ)」(布袋尊・ほていそん・中国)
「鈴谷大堂(すずやだいどう)」(毘沙門天・びしゃもんてん・インド)
さいたま市中央区(旧与野市)は、埼玉県さいたま市を構成する10行政区のうちの一つである。与野七福神の寺社は、旧与野市の中心部に点在していた。2001年に浦和市・大宮市・与野市が合併して、さいたま市が誕生。2003年、政令指定都市移行に伴い旧与野市全域が中央区になり、与野の地名が消えた。
撮影日: 2026年1月3日
撮影場所:与野七福神を祀る寺社
住所:さいたま市中央区本町東6-109