幸手権現堂桜まつり

幸手権現堂桜堤(権現堂公園)

【幸手市】

撮影日:2024年4月10日

幸手権現堂桜まつり 【埼玉県幸手市】| フォトさいたま

関東屈指の桜の名所「幸手権現堂桜堤」。染井吉野(ソメイヨシノ)と菜の花畑のコントラストが美しい。毎年花見シーズンには約100万人もの花見客が訪れる。


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約1キロメートルの堤に約1千本の染井吉野(ソメイヨシノ)が咲き誇る桜の名所である。菜の花畑や桜のトンネルを散歩しながら堤の地形を生かした景観が楽しめる。


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権現堂公園は、埼玉県幸手市と久喜市に位置する埼玉県営の都市公園である。桜の名所として親しまれている権現堂桜堤や権現堂調節池(行幸湖)沿いに、1号公園から4号公園までの4つのエリアで構成されている。


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幸手権現堂桜堤は江戸時代に築かれた土手の約1キロメートルに渡って、染井吉野(ソメイヨシノ)が咲き誇る。冬はスイセン、梅雨の頃はアジサイ、夏はヒマワリ、秋はマンジュシャゲが咲き、文字通り四季折々の花が楽しめる。


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平成12年(2000年)第12回「さくらサミットin幸手」が開催された。その時の記念樹(右)である。


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権現堂桜堤の桜は老木化が進んでいる。太平洋戦争で燃料のために伐採されたが、昭和24年(1949年)に再び植えられた。樹齢70年を超えているものもある。染井吉野(ソメイヨシノ)は桜の中でも寿命が短く平均寿命約60年といわれている。


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桜は、薔薇(ばら)科の植物で日本原産である。桜の全般的な花言葉は、「精神美」「優美な女性」「純潔」である。日本の国花(厳密には「山桜と菊」)でもある。


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春の到来を告げる黄色の菜の花とピンク色が映える桜! 冬の景色を一変させ、桜と菜の花のコラボが楽しめる。


幸手権現堂桜まつり 【埼玉県幸手市】| フォトさいたま

権現堂桜堤の土手は、約1キロメートルに渡って遊歩道が整備されている。夜になると、この遊歩道(桜トンネル)を、多数の「ぼんぼり(提灯)」にてライトアップされる。


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染井吉野(ソメイヨシノ)で有名な権現堂桜堤の北側(おもいで広場)に、「河津桜(カワヅザクラ)」70本を植樹して、ひと足先に春を告げた。この頃、染井吉野はツボミ状態である。(染井吉野満開より約1ヶ月前に撮影)


幸手権現堂桜まつり 【埼玉県幸手市】| フォトさいたま

「河津桜(カワヅザクラ)」は、静岡県の河津町のピンク色で花びらが大きな桜。2月中旬から3月上旬が見頃になる。ソメイヨシノ桜よりも春を早く感じることができる。(染井吉野満開より約1ヶ月前に撮影)


幸手権現堂桜まつり 【埼玉県幸手市】| フォトさいたま

権現堂桜堤の中央に「順礼の碑」が建っている。この堤が切れると江戸まで洪水が及ぶといわれていた。無事堤の工事が進むようにと、自ら川に身を投げて「川の水」を静めたという母娘順礼の姿を刻んだ供養の碑である。


幸手権現堂桜まつりを動画でご覧ください。


菜の花と桜のコントラスト!!

関東屈指の桜の名所、幸手市権現堂堤の桜「染井吉野(ソメイヨシノ)」が見頃を迎えた。長さ1キロメートルにわたる堤に約1,000本の桜トンネルと、広大な菜の花畑のコントラストが見どころである。桜堤の北側に「河津桜」も植樹され、権現堂桜堤では「水仙」、「河津桜」、「菜の花と染井吉野」、「紫陽花」、「曼珠沙華」と四季折々の花が順番に楽しめる。

「権現堂桜堤」のある幸手市は、埼玉県東部に位置する人口約4万8千人の市である。江戸時代から日光御成街道と日光街道(奥州街道)の合流する宿場町として栄えた。権現堂桜堤は、天正4年(1576年)頃に築かれたと云われている。権現堂川は暴れ河川として恐れられ、幾度も堤が決壊した。度重なる水害にもめげず、その都度修復を行い、現在は「桜堤」として親しまれている。


幸手権現堂桜まつりマップ 【埼玉県幸手市】| フォトさいたま


撮影日:

撮影場所:幸手権現堂桜堤(権現堂公園)

住所:埼玉県幸手市大字内国府間(うちごうま)887-3

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