さいたまの四季 8月

脚折雨乞(すねおりあまごい)

脚折地区・雷電池公園 (鶴ヶ島市)

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脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

雷電池(かんだちがいけ)の中で水しぶきを上げながら雨乞いをする光景は、勇壮無比の一言に尽きる。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

龍蛇(りゅうだ)の担ぎ手を代表して、藤縄善朗(ふじなわよしろう)市長による出陣安全祈願が行われた。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

龍蛇(りゅうだ)に白鬚神社の神官による“入魂の儀”が執り行われ、龍蛇が「龍神」となった。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

「龍神」の口には、上州板倉雷電神社の御札が供えられた。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

ホラ貝と太鼓の音のもと2キロメートル離れた雷電池(かんだちがいけ)を目指して出陣した。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

竹と麦わらで作られた重さ約3トン、長さ36メートルの「龍神(龍蛇)」が300人の男衆に担がれ、白鬚神社から雷電池(かんだちがいけ)までの約2キロメートルの行程を練り歩いた。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

「雨降れたんじゃく、ここにかかれ黒雲」と降雨祈願の言葉を観客の人たちと一緒になって唱和しながら池の中を勇壮に練り回る。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

池の中で雨乞いを行った後、「龍神(龍蛇)」は担ぎ手によって解体され、天へと昇っていった。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

雷電池(かんだちがいけ)公園では、各種イベントなども開催され、大勢の観客が「龍神(龍蛇)」の到着を待っている。


脚折雨乞(すねおりあまごい) 脚折地区・雷電池公園 

雷電池(かんだちがいけ)の「脚折雷電社」に雨乞いをすると、必ず雨が降ったと言われている。池を縮めて田を作ったため、元々住んでいた大蛇がいなくなり、雨が降らなくなってしまったと云われている。


4年に一度行われる「脚折雨乞」!!

竹と麦わらで作られた重さ約3トン、全長36メートルの「龍神」を300人で担ぎ、白鬚(しらひげ)神社を出発、雷電池(かんだちがいけ)までの約2キロメートルを練り歩いた。池の中では「雨降れたんじゃく、ここにかかれ黒雲」などと叫びながら池の中を回りながら雨乞いをした。昔々、雷電池のほとりの脚折雷電社に雨乞いをすると、必ず雨が降った。しかし寛永の頃、池を縮めて田を作ったため、元々すんでいた大蛇がいつしか上州板倉(群馬県板倉町)にある雷電神社の池に移ってしまった。そこで上州板倉雷電神社で降雨祈願をしてもらい、雷電神社の池の水を持ち帰り、脚折の雷電池に注ぎ、白鬚神社の神官が降雨祈願した。すると、快晴の空がたちまち曇りだし、まもなく雨が降り始めたとされている。4年に一度、オリンピックと同じ年に行われるこの行事、この日は約25,000人の観客が行事を見守った。

鶴ヶ島市は、埼玉県中部にある人口約7万人の市である。かつては畑・田・林が大部分を占めていたが、高度経済成長期以降人口の流入が著しく、現在も宅地化・商業地化がしつづけている。脚折(すねおり)の地名は、日本武尊の東国征伐の折りに人馬が脚を折ったことにちなむといわれている。「脚折雨乞」は1964年(昭和39年)を最後に途絶えたが1976年に住民の手で復活した。国の無形民俗文化財にも指定されている。


撮影場所:脚折地区・雷電池公園 

住所:埼玉県鶴ヶ島市脚折地区

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