寄居玉淀水天宮祭

寄居町荒川玉淀河原

(寄居町)

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寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

町内別の供奉船(船山車)が、花飾りやボンボリ提灯などで飾り立て、笛、太鼓などで囃子ながら玉淀を遊覧する。供奉船(船山車=ふなだし)の姿が川面を美しく彩る。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

夕刻、水天宮を出発した神輿(みこし)が、街中を練り歩きながら、玉淀河原の仮宮に向かった。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

露払い太鼓に続き、神輿が玉淀河原に到着すると、祭ムードが盛り上がった。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

県指定名勝「玉淀」の下流で発見された水神様を「水天宮」として祀り、水難除けや安産、子育てなどのを祈願して、昭和6年(1931年)から祭が始まった。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

お囃子を響かせながら川へ浮かんだ「船山車(ふなだし)」には、日暮れとともに、ぼんぼりや提灯が点灯される。鉢形城跡をバックに、花火の光と船山車の灯りの競演が、荒川の水面で始まる。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

夕刻になると、鉢形城跡からスターマインや仕掛け花火など、約5000発が打ち上げられ、光の競演が最高潮に達した。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

「玉淀(荒川)」に浮かぶ、ボンボリや提灯をつけた美しい船山車(ふなだし)と、夜空に広がる花火の競演は、まさに埼玉を代表する「関東一の水祭り」である。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

江戸時代、花火人気に火をつけたのが「玉屋」と「鍵屋」という2大花火師である。現代にも伝わる「たまや〜、かぎや〜」のかけ声は、江戸時代の人気花火師を称えるものである。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

埼玉県指定名勝にも選ばれた水の神様「玉淀水天宮」は、寄居町の荒川左岸の河岸に隣接して建立されている。


寄居玉淀水天宮祭【寄居町荒川玉淀河原:埼玉県寄居町】

「玉淀」は、寄居町の中央を流れる「荒川」沿岸約3キロメートルの地区である。この玉淀地区の下流で「石の宮」が発見された。これを「水神様」として、地元の漁師が「水天宮」として祀ったのが始まりと云われている。


船山車と華やかな花火!!

寄居町の夏を彩る「寄居玉淀水天宮祭」が荒川玉淀河原で行われた。鉢形城跡の下を流れる荒川に浮かぶ5隻の「船山車(ふなだし)」と、満点の花火の競演は「関東一の水祭」と呼ばれている。玉淀に轟く花火の音と光、船山車のぼんぼりや提灯が灯され、川面での光の競演に大勢の見物客が酔いしれていた。水天宮祭は、水難除けや安産などを祈願する玉淀水天宮の例祭である。昭和6年(1931年)から始まり毎年6万人が県内外から訪れる。

寄居町は、埼玉県北西部、大里郡にある人口約3万2千人の町である。荒川の中流域、長瀞のすぐ下流に位置し、その左岸に街が栄えている。古く秩父往還の街道筋にあり、宿場町として栄えた。街の対岸にはかつて鉢形城があり、その城下町でもあった。「寄居」は、「人が寄る町」「人が集う町」を象徴した歴史的な名前の地である。


撮影場所:寄居町荒川玉淀河原

住所:埼玉県大里郡寄居町大字寄居玉淀河原

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