
「大宮日進七夕まつり」は、昭和47年(1972年)から受け継がれ、JR日進駅南口の「日進七夕通り」周辺で毎年8月上旬に開催される伝統的な祭りである。

近年では「お祭り広場」として、日進七夕通りの先にある「さいたま市立日進小学校」の校庭にて、本部ステージや飲食ブース、各種出し物など楽しめるようになっている。

日進七夕通り(約1キロメートル)に飾られた巨大な吹き流しや短冊がライトアップされ、夜風に揺れながら美しく浮かびあがる。

祭り二日目に登場する「女神輿」担ぎ手が女性のみで構成され、非常に華やかで威勢の良い女神輿である。また、地域の子どもたちが主役となる「子ども神輿」も登場した。

祭りのスタートを熱く盛り上げる大人気のパフォーマンス「よさこい踊り (よさこいソーラン)」、地元の踊り子チームが主役で、色鮮やかな衣裳に身を包み込んで、よさこいソーラン節をダイナミックに踊りあげる。

さいたま市のPRキャラクター「つなが竜ヌゥ」も、激しい踊りのよさこいソーラン踊りに登場。「つなが竜ヌゥ」が登場すると、一気に会場がアットホームな雰囲気に変わった。

七夕通りの山車は、夜になると「居囃子(いばやし)」の披露が始まる。固定された山車の上で、地元の各お囃子蓮が、踊りを交えながら、夜の終了時刻まで太鼓や笛の生演奏を鳴り響かせる。

JR日進駅の前に降り立った瞬間に、山車屋台のウエルカムお囃子演奏が耳に飛び込んでくる。駅前の山車屋台は、お祭り終了時刻まで、交代しながら迫力のある生演奏をノンストップで鳴り響かせる。
大宮日進七夕まつりを動画でご覧ください。
大宮日進七夕まつりの経緯と由来!!
大宮日進七夕まつりは、昭和47年(1972年)に始まったさいたま市北区日進地区の伝統的な夏祭りである。誕生の経緯には、当時の高度経済成長が深く関わっている。静かな農村地帯だった日進地区に工場が次々と進出し、集団就職などによって東北地方からの移住者が急増した。そこで、地元商店街の活性化と新住民の融和、文化振興を目指し、東北を代表する「仙台七夕まつり」を参考にした地域振興策として企画した。また、同じ日産系の工場を持つ縁から、神奈川県の「平塚七夕まつり」を模したという説もある。開催にあたっては、和紙の里として名高い埼玉県小川町の協力を得て、色鮮やかな和紙の七夕飾りが街を彩るようになった。現在では、神輿や山車、屋台が並び、毎年多くの人々で賑わう地区のシンボルとなっている。
大宮日進七夕まつりが行われるさいたま市北区日進町は、江戸時代、幕府領などの農村地帯だった。明治22年(1889年)に周辺の村が合併して「日進村」が誕生した。昭和15年(1940年)に川越線日進駅が開業し、同年11月に合併で大宮市の一部となった。戦後は工場の進出や住宅地としての開発が進み、現在は閑静な住宅街に発展している。
撮影日: 2026年8月6日
撮影場所:JR日進駅(南口)七夕通り
住所:さいたま市北区日進町2-911(日進小学校・大会本部)