秩父神社の鬼やらい

秩父神社

(秩父市)

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秩父神社の鬼やらい 秩父神社 

豆まき会場に、赤鬼・青鬼が30匹登場。神楽の曲にのって踊りだす悪鬼、年男年女にまめをぶつけられて逃げ出すパフォーマンスを披露した。


秩父神社の鬼やらい 秩父神社

悪鬼30匹が踊っているところに神官が善悪問答を挑み問答に負けた鬼達は、年男年女に豆をぶつけられ逃げ出した。


秩父神社の鬼やらい 秩父神社

年男年女がまいた豆と御供物。御供物の袋の中には、福豆と砂糖菓子が入っていた。


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「奉幣の儀」
夜になって年男年女が拝殿前に整列。神官による四方固めと「奉幣(ほうべい)」の儀式が行われ、幣帛(へいはく)が奉献された。


秩父神社の鬼やらい 秩父神社

「引目の儀」
弓でその的を射る(いる)神事である。騎射と歩射があり。騎射が馬上で駆けながら的を射るもので、歩射は「引目」「破魔」などともいい、地上に立って的を射るものである。的には「鬼」の字を書き、悪鬼を払う神事である。


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寒風の中、地元力士会の素人力士による組み手の奉納が行われた後、豆まきがスタートした。裸慣れしている力士も、さすがに寒そうだった。


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「秩父神社神楽」
秩父神社神楽は35座からなり、舞い方も能・歌舞伎の手法が取り入れられている。上演した神楽役者も神楽殿より豆まきを行った。


秩父神社の鬼やらい 秩父神社

毎年12月3日に行われる例祭「秩父夜祭」は、国の重要無形民俗文化財に指定され、京都の祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつに数えられている。


秩父神社の鬼やらい 秩父神社

秩父神社の社殿は、天正20年(1592年)に徳川家康公が寄進されたもので、埼玉県の有形文化財に指定されている。


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「左甚五郎のつなぎの龍」
昔から日本人は、家や地城の四方を青瀧・朱雀・白虎・玄武という神使が守っていると信じてきた。この彫刻も社殿を守護する青龍の姿を名工左甚五郎が社殿彫刻に施したものである。


赤鬼・青鬼の悪鬼がいっぱい登場、子供たちは興奮状態!!

豆まきでおなじみの節分。本殿でおはらいを受けた年男年女らが6回に分けて「福は内、鬼は外」と威勢良く福豆を巻いた。神楽殿では福神舞が行われ、夜になると恒例の節分追儺祭(ついなさい)の神事行われた。「奉幣(ほうべい)行事」、「散豆(さんとう)行事」、「引目(ひきめ)行事」そして「鬼やらい(鬼払い)」と、古式の形に倣って行われた。鬼やらいは、神社の氏子、神楽氏が赤鬼・青鬼30匹にふんし、神楽の曲にのって「人の苦しみ我等の楽しみ・・・」と人々が苦しむ姿を見て喜び踊っているところに神官が善悪問答を挑み問答に負けた悪鬼達は、年男年女に豆をぶつけられ、逃げ出す行事である。節分は、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことで、季節を分けることを意味している。季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、それを追い払うための悪霊払い行事が執り行われるのが、豆まきである。

秩父神社は、埼玉県秩父市にある秩父地方の総鎮守で、荒川の河岸段丘上に広がる秩父市街地の中心部に鎮座している。徳川家康の命により現在の社殿がたてられ、社殿には左甚五郎作と伝えられる「子宝・子育ての虎」や「つなぎの龍」など、さまざまな彫刻が施されている。毎年12月に行われる例祭「秩父夜祭」は、京都の祇園祭、飛騨の高山祭、とともに日本三大曳山祭および日本三大美祭に数えられ、多くの観光客が訪れる。


撮影場所:秩父神社

住所:埼玉県秩父市番場町1-3

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