
三人官女や五人囃子、歴史上の人物に扮して人形仮装パレードに参加したメンバーと、ひな壇エキストラが一同に集まり、人形のまち岩槻まつりの象徴である「ジャンボひな壇」で記念撮影が行われた。

毎年、さいたま市在住の方を対象に「内裏雛」「三人官女」「五人囃子」や「太田道灌」など歴史上の人物に扮する人形仮装パレードのメンバーが公募される。

「随身(ずいしん:ひな壇の護衛役)」赤い衣装を着ているのが「左大臣(さだいじん)」女雛の護衛する武官である。ちなみに黒い衣装を着ているのが「右大臣(うだいじん)」で、男雛の護衛する武官である。

仮装パレードの一般参加者や「ジャンボひな段」に登場するエキストラの募集は、例年6月中旬に開始される。

岩槻小学校の「金管鼓笛隊(通称:鼓笛金管バンド)」による行進と演奏。6年生が中心となり結成される伝統のマーチングバンドで、学校行事や地域のイベントなどで素晴らしい演奏を披露している。

人形のまち岩槻まつりの「子ども神輿」は、単なるアトラクションではなく「街の宝である子どもたちが元気でありますように」という強い願いが込められた、特別な意味を持っている。

人形のまち岩槻まつりの「子ども神輿」は、地元の複数の自治会や団体が中心となり、地域の小学生以下の子どもたちが主役となって元いっぱいに担ぎ、街を練り歩くプログラムである。

岩槻黒奴は、粋な黒木綿の半纏を身にまとって登場する。大名行列の先頭に立ち、独特な歩調と掛け声、そして「奴振り(やっこふり)」と呼ばれる躍動感あふれる身振りで岩槻の城下町を練り歩く。岩槻黒奴は、江戸時代から日光の「赤奴」、甲府の「白奴」と並び、「日本三奴」の1つとして全国に知られている。

岩槻中学校吹奏楽部による演奏披露。地元のイベントに積極的に参加し、地域住民に向けて生演奏を披露し、地域に音楽を届ける存在として親しまれている。

岩槻区出身のTRFメンバー・SAMさんが「人形のまち岩槻まつり」50周年を記念して作詞、作曲、振り付けを手がけたオリジナルダンス「ツキツキイワツキ」を地元の子供たちや来場者と一緒に初披露した。

「いわつき舞雛」チームによる、よさこい踊りを披露。ひな人形をイメージした、きらびやかで和風な衣装で、よさこいならではの躍動感を兼ね備えたビジュアルで、祭り会場を華やかに彩る。

「やまぶき道灌太鼓」チームによる創作和太鼓の演奏を披露。岩槻を拠点に活動している創作和太鼓チームで、岩槻の魅力を発信し地域振興に貢献している。

「ジャンボひな段結婚式」本物の新婚夫婦が登場。公募により選ばれた市内の新婚カップルが「お内裏様(男雛)」と「おひな様(女雛)」の伝統衣装を身にまとって登場。多くの来場者から盛大な拍手と祝福を受けた。

人形のまち岩槻まつり50周年を記念して9年ぶりに復活した「万燈みこし」は目玉イベントの1つで、重さ1800キロの大きなみこしを200人で交代しながら担ぎ、2時間半かけて岩槻の街を練り歩いた。

「人形のまち岩槻まつり」のフィナーレは、「ジャンボひな段」に、街を練り歩いた、みこしが集結。参加者が一体となって最高潮の盛り上がりのまま祭りを締めくくった。
50周年を迎えた岩槻まつり!!
さいたま市の「人形のまち岩槻まつり」は、日本有数の人形の産地である特性を活かし、市民が歴史上の人物や人形に扮してパレードを行う夏の大規模なイベントである。主な見どころは、人が人形になる「人形仮装パレード」や、数多くの提灯が四方に張られ、夜の街を美しく照らす迫力満点の「万燈みこし」、そして幅約10メートル、高さ約8メートルにも及ぶ「ジャンボひな段」には人形に仮装した人たちが実際に並んで、巨大な雛飾りを完成させる。人形のまち岩槻まつりは、昭和51年(1976年)に第1回が開催された伝統的な祭りで、本年で50周年という大きな節目を迎えた。かつては毎年8月下旬に開催されていたが、近年の厳しい猛暑による安全面への配慮から、10月開催へと時期が変更された。
「人形のまち岩槻」は、埼玉県さいたま市を構成する10区のうちの1つである。人口約11万人で、さいたま市の行政区で最も面積が大きい。「人形のまち」の由来は諸説あるが、約380年前の徳川家光の時代、日光東照宮の造営に携わった職人や工匠たちが宿場町である岩槻に定住したことが始まりとされている。周辺地域が桐の産地であったことからも桐粉を活用した人形作りが発展し、全国屈指の人形の生産地として知られるようになった。
撮影日: 2026年10月4日
撮影場所:岩槻人形博物館駐車場(メイン会場)
住所:さいたま市岩槻区本町6丁目