神輿(みこし)11基が暴れまわる!羽生夏祭りが盛大に開催された。
羽生市観光協会会長でもある、「河田晃明」羽生市長による夏祭開催の挨拶。
可愛い二人の巫女さんが道を清めながら歩き出し、猿田彦命の先導で、宮神輿の渡御が始まった。
復活した市民待望の「おんなてんのう」と呼ばれる一回り大きな宮神輿の渡御。
市街地各所が歩行者天国となり、露天商が立ち並ぶ夏空の下、山車2台、神輿11基の渡御が盛大に行われた。
よさこい祭りには、近隣のよさこいチーム10団体以上が参加した。フィナーレは全チームで合同演技を披露した。
「てんのうさま」の祭りとして、広く市民に親しまれている羽生の夏祭は、「八雲神社」の例大祭である。
ご祭神「スサノオノミコト」の魂を乗せた神輿が町内を練り歩くことで、人々の無病息災を祈願したとされている。
ご祭神の「スサノオノミコト」と「牛頭天王(ゴズテンノウ)」は荒々しことを好むとされている。神輿の担ぎ手も荒々しく暴れる。
昔々、疫病がはやり、死者が多数出たとき京都の八坂神社より「牛頭天王(ゴズテンノウ)」を迎えたところ、たちまち疫病が止んだ。そのお礼に暴れ神輿でお詣りしたのが発祥とされている。
ご祭神「牛頭天王(ゴズテンノウ)」を喜ばせるため、盛大に手荒く神輿を扱い大暴れすると伝えられている。
夏祭りの神輿渡御は、市の指定文化財に認定されている。11基の神輿と2台の山車が夜の市内を練り歩き、見ている人を盛りあげている。
「旭町お囃子保存会」の山車。
祭囃子は祭の際に演奏される音楽で、邦楽のジャンルの一つである。
「東大和町おはやし保存会」の山車。
祭囃子は祭に付随する音楽を総称したもので、各地域にあるそれぞれの祭に密着して発展してきたものである。
「羽生てんのうさま夏祭り」は、羽生の総鎮守・八雲神社の例大祭で、390年以上の歴史を持つ。
390年の伝統まつり!!
390年以上の歴史を持つ「羽生てんのうさま夏祭り」が羽生市内の市民プラザ通りなどで二日間に渡り開催された。前日の神幸祭(しんこうさい)や宵宮(よいみや)を皮切りに、本祭では、11基の神輿(みこし)が暴れまくり、羽生の町が熱気に包まれた。広く市民に親しまれている「羽生てんのうさま夏祭り」は、もともと八雲神社の例大祭である。「てんのう(天王)さま」とは、八雲神社に祀られているスサノオノミコトと一体とされる牛頭天王(ゴズテンノウ)の由来でもある。神輿の渡御(とぎょ)は江戸時代初期、寛永2年(1625年)に始まったと云われている。八雲神社の本社にあたる京都の「八坂神社」から由来し「八坂祭り」とも呼ばれる羽生の夏祭りは、このスサノオノミコトの魂を乗せた神輿が町内を練り歩くことで、人々の無病息災を祈願するとされている。復活した市民待望の「おんなてんのう」と呼ばれる一回り大きな宮神輿の渡御や、お囃子、獅子舞、和太鼓など郷土芸能の奉納、よさこい祭りなど、さまざまなイベントが行われ見所満載の夏祭だ。
羽生市(はにゅうし)は、埼玉県北東に位置する人口約5万5千人の市である。江戸時代末期以降、青縞(あおじま)の生産が行われ、現在も衣料の町である。天明期に、現在の羽生や加須、行田、騎西などで藍(アイ⇨ダテ科の植物)の栽培が開始され、当時の羽生町を中心とする「藍染め」が地域の一大産業となった。
撮影日: 2017年7月8日
撮影場所:羽生市内プラザ通りなど
住所:埼玉県羽生市中央3丁目7番