塚越の花まつり

米山薬師堂

(秩父市)

with コメントはまだありません

塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

「釈迦の誕生」を祝う仏教行事「塚越の花まつり」が行われた。米山薬師堂に、「花御堂(はなみどう)」を納め、小さな誕生仏に手を合わせたあと、境内で輪になって一斉に花びらを空中へとまき、釈迦の誕生を祝った。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

朝7時の花火の合図に、子どもたちは、麓の熊野神社を出発し、山の山腹にある「米山薬師堂」を目指し、花びらをまきながら、細い参道を登って行く。後方には「花御堂(はなみどう)」を静かに運んでいる姿も見える。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

子どもたちが野山で集めた籠いっぱいの花びらをまきながら参道を登る姿は、春らしく、子どもながらではの可愛さも相まって、美しい光景である。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

米山薬師堂に安置された「花御堂(はなみどう=花で飾った、小さい堂)」。花まつりではこの中に「誕生仏(たんじょうぶつ=釈迦の誕生時の像)」を安置する。そして、誕生仏に甘茶を注いで誕生を祝う。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

山里で行われる伝統的な「塚越の花まつり」は、少子化の影響で安定した継続が問題になっている。これから先も、未来永劫に続いていくことを願って、参加した子どもたちの記念写真撮影が行われた。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

花をまきながら、釈迦の誕生を祝う「塚越の花まつり」は、全国で行われている「花まつり」とは一風変わった行事となっている。一般的には、寺の境内に「誕生仏」が安置された「花御堂(はなみどう)」が作られ、参拝に来た人が「誕生仏」の頭から甘茶を灌(そそ)ぐ行事であるので、本来は、「灌仏会(かんぶつえ)」という名称である。
今では、宗派を問わず「花まつり」が行事の代名詞になっている。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

「塚越の花まつり」は平成2年(1990年)埼玉県の無形民俗文化財に指定された。米山薬師堂」から、上吉田塚越地区が一望できる。


塚越の花まつり(米山薬師堂) フォトさいたま

吉田地区(旧吉田町)には、「合角ダム(かっかくダム)」がある。ダムの「合角」は、ダム建設によって水没した合角地区にちなむものである。「ごうかく」とも読めるので受験生に人気がある。


子供たちの花吹雪!!

「釈迦の誕生」を祝う仏教行事、「塚越の花まつり」が行われた。この行事は、この地区の子どもたちが中心となって行われている。釈迦の誕生日は、4月8日であるが、この地区では、一月遅れの花の咲いている時期、5月4日の祝日に行っている。この祭りで重要な意味を持つ「花」を、子ども・その親・地域住民により、何日も前から野山で摘み、各家庭の冷蔵庫や蔵で保管するなどの苦労があったようだ。祭り当日、朝7時の花火の合図に、子どもたちは、花をまきながら細い参道を約300メートル登り、山腹にある「米山薬師堂」へ到着する。そして、運んできた「花御堂(はなみどう)」と「誕生仏」を本堂に安置した後、子どもたちと一般参拝者は、誕生仏に甘茶をかけて釈迦の誕生を祝う。無事に役目を終えた子どもたちは、境内で輪になり、籠の花をめいっぱい大空に向かって一斉にまき、大空に向かってまかれた花々が空中で舞っている姿が色鮮やかである。

「塚越の花まつり」が行われた、上吉田塚越地区は、埼玉県北西部にある人口約6万1千人の秩父市の地区である。「塚越の花まつり」の歴史は古く、天明6年(1788年)に始まったとされていることから、200年以上前から行われていたと考えられる。この祭りは、地区の子どもだけで行うのが伝統であるが、少子化の影響で参加者が減ってきた。近年は、他の地区の子どもにも加わってもらい継続運営を行っている。


撮影場所:米山薬師堂

住所:埼玉県秩父市上吉田塚越

カレンダーから選ぶ