さきたま火祭り

さきたま古墳公園

【行田市】

撮影日:2025年5月4日

さきたま火祭り 【さきたま古墳公園|埼玉県行田市】| フォトさいたま

ニニギノ命とコノハナサクヤ姫が、藁で作られた産屋に火を放つ一瞬である。


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藁で作られた産屋の前で、お祓いをして神聖な場所として清める「修祓の儀(しゅうばつのぎ)」が行われた。


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コノハナサクヤ姫を祀った浅間神社(前玉神社)で、古代の方法による「火おこし」が行われた。この火が聖火となり、祭りの松明に順次点火される。


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聖火は松明に点火され、「採火行列」が祭り会場に向かってスタートした。


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おびただしい数の松明を持った古代人の入場に続いて、ニニギノ命が輦台(れんだい)に乗って入場してきた。


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火祭りの主役、コノハナサクヤ姫が輦台(れんだい)に乗って入場。後方からは、大勢の古代人が松明を持って続いて入場してきた。


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ニニギノ命とコノハナサクヤ姫が藁で作られた産屋に火を放つと、火は瞬く間に産屋全体を包み込み、紅連の炎が夜空を紅々と染め上げ、観衆を古代ロマンへと誘った。


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産屋炎上が終わると「御神火降り」が開始、「稲荷山古墳」から松明を持った古代人が降りてくる。


さきたま火祭り 【さきたま古墳公園|埼玉県行田市】| フォトさいたま

祭りのフィナーレには、スターマイン打ち上げ花火が、初夏の夜空を飾った。


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祭りの終了後、報道各社のインタビューに答えるニニギノ命とコノハナサクヤ姫。


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「前玉神社(さきたまじんじゃ)」は「延喜式」(927年)に載る古社で、700年代の古代につけられた【前玉郡】は後に【埼玉郡】へと漢字が変化し、現在の「埼玉県」へとつながる。前玉神社は、埼玉県名の発祥となった神社であると言われている。


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「産屋炎上」さきたま火祭りは、神話に描かれている火中出産の伝えを受け、富士霊峰(浅間神社)で火の神として祀られている「木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメ)」をヒロインとしている。


さきたま火祭り 【さきたま古墳公園|埼玉県行田市】| フォトさいたま

あいさつする行田邦子市長。祭り開催夕刻に、さきたま火祭り「あいさつ行事」が行われ、実行委員長や来賓者による挨拶が行われた。


さきたま火祭り 【さきたま古墳公園|埼玉県行田市】| フォトさいたま

祭りは午前中から始まり、特設ステージでは様々なイベントが繰り広げられた。


さきたま火祭りを動画でご覧ください。


産屋に点火・炎上!!

夕闇が迫るころ、さきたま火祭りがクライマックスを迎えた。勇壮な音楽に合わせ、地元の人々が古代衣装を身につけ、ニニギノ命、コノハナサクヤ姫を先頭に松明(たいまつ)をかかげて大行列、そして古代住居・産屋を炎上させた。古事記によると、天照大神の孫「ニニギノ命」は大山津見神の娘「コノハナサクヤ姫」と結婚した。コノハナサクヤ姫が婚姻の夜、身籠もったのを疑われ、その疑いを晴らすために自らこの産屋に入り「神の御子であるならば、たとえ火の中でも無事に生まれるでありましょう」と、この住居に火を放ち、燃えさかる炎の中で「海幸彦(ウミサチヒコ)」と「山幸彦(ヤマサチヒコ)」の二柱の神々を無事に出産したとされる神話である。さきたま火祭りは、観る人々を古代のロマンと神話の世界に誘う祭りである。

行田市は、埼玉県北部に位置する人口約7万6千人の市である。行田市大字埼玉(さきたま)は、「埼玉県」という地名の発祥地であるとされている。室町時代には、忍城(おしじょう)が築かれ、成田氏を中心とする武士団の本拠地として周辺に勢力を拡大していた。江戸時代中期より、下級武士の内職として足袋の生産が始まり、今でも地場産業として一定の地位を占めている。


さきたま火祭りマップ 【さきたま古墳公園|埼玉県行田市】| フォトさいたま


撮影日:

撮影場所:さきたま古墳公園

住所:埼玉県行田市埼玉(さきたま)4834番地

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