こだま秋まつり

児玉町仲町付近

(本庄市)

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こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

八幡神社(児玉町)より、1台の屋台と3台の山車が街中に巡行を開始した。新町の屋台は、秩父夜祭りに四敵する大きさである。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

八幡神社前で、祭の巡行安全のお祓いを受ける山車の曳き手や囃子手たち。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

祭囃子を演奏する子供たち。囃子は、「さんてこ囃子」系の演奏で、群馬県の渋川や沼田地方でも演奏されている。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

撞木(しゅもく)で、摺鉦(すりがね)を打って演奏する子供たち。摺鉦は、打楽器の一種。チャンチキ、四助(よすけ)などともいう。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

上町の山車の祭囃子。年間を通じて、お囃子の練習、伝承をされている。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

子供たちの演奏する軽快な囃子と、引き手の子供たちの掛け声で、仲町の山車が巡行を開始した。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

人形「神功皇后(しんぐうこうごう)」を載せるのは仲町の山車だけである。5年ごとの搭載である。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

清めの塩を撒きながら、天狗面を被った猿田彦を先頭に「神馬(しんめ)神幸行列」が街中を巡行した。猿田彦は、日本神話に登場する神である。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

児玉駅前を通過する「神馬(しんめ)神幸行列」。神の乗り物としての馬、神馬を神社に奉納していたが、時代とともに絵馬を奉納するようになった。昭和時代になると、合格祈願の絵馬など、願い事を記載して奉納するようになった。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

4町の山車と屋台が児玉駅前へ勢揃い。囃子の叩き合い演奏後、ソロ演奏へ移行。餅撒きでフィナーレを飾った。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

夜になると山車や屋台にぼんぼりが灯され幻想的な祭風景になる。児玉の山車は、可動式の車輪を持つ群馬県タイプで、埼玉県にはこのような山車は珍しい。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

夜の部では、狐の面をか被って囃子太鼓が演奏された。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

日本の祭は、神をほめたたえ、豊作を祈願し、結果の感謝である。神をほめたたえる重要な手段が「囃子」である。囃子という言葉は「はやす」から出ている。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

夕闇の中、山車、屋台が集まり響き合う囃子の音色と提灯やぼんぼりの明かりが相まって、夜の「四町叩き合い」で祭のクライマックスをむかえた。


こだま秋まつり【児玉町仲町付近:本庄市】

「こだま秋まつり」は、八幡神社の例大祭である。 現在の社殿は享保7年(1722年)に再建したものである。


晩秋を彩るまつり!!

児玉町の総鎮守である「八幡神社」の例大祭の祭典行事、「こだま秋まつり」が開催された。晩秋を彩る豪華な3台の山車と1台の屋台が、笛や太鼓の囃子の音もにぎやかに街のなかを曳き回された。午後になると、天狗の面を被った猿田彦を先頭に、神馬を伴う「神馬神幸行列」が神社を出発した。甲冑に身を固めた武者や神幸を奉持する人々、氏子や行司役など大勢の方々が参加して街を巡行した。それは、古い昔をしのぶ絵巻物を見ているような風景である。

「こだま秋まつり」が行われた児玉町(こだままち)は、埼玉県北西部、児玉群にあった人口約2万1千人の町であった。平成18年(2006年)に本庄市と合併し、新たに本庄市児玉町となった。児玉町には、鎌倉から延びる「鎌倉街道上杉道」が通っている。「こだま秋まつり」は、この鎌倉街道で行われている。また、養蚕業と製糸業が極めて盛んな町でもあった。


撮影場所:児玉町仲町付近

住所:埼玉県本庄市児玉町JR八高線 児玉駅付近

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