さいたまの四季 10月

にじのパレード2014秋

日高市巾着田(日高市)

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にじのパレード2014秋 日高市巾着田

1300年前に高麗郡(こまぐん)を建郡した当時を忍び、古代高句麗(こうくり)と日本の交流のこころを再現するため、市民参加の古代衣装行列「にじのパレード」が開催された。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

ユネスコ世界遺産に登録されている高句麗(こうくり)古墳壁画をモチーフに再現された高句麗衣装や、古代の雅な衣装で身を包んだ市民参加の「にじのパレード」が行われた。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

「にじのパレード」には、日高市のマスコットキャラクター「くりっぴー」と「くりっかー」も参加。先頭でパレードを上手に誘導していた。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

コスモスの咲く秋空のもと、巾着田の外周約1キロメートルをパレードした。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

秋の「巾着田」の彼岸花(曼珠沙華)が見頃を過ぎると、コスモス畑が見頃を迎える。後ろに見える日和田山(ひわださん)頂上からは、高麗川(こまがわ)が蛇行した形が巾着に似ている景色を見渡すことができる。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

「にじのパレード」終了後、参加者達もコスモス畑を見学。巾着田の秋を堪能していた。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

コスモスの蜜を吸う「ホウジャク」、容姿が蜂に似ていることからホウジャク(蜂雀)と呼ばれている。空中に静止(ホバリング)して蜜を吸うのが特徴である。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

秋になると蜜を吹く花が少なくなり、冬に備えコスモスの蜜を働きバチが集め、巣の中に蓄える。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

巾着田の隣接に、高麗郷古民家「新井家」がある。新井家は、江戸時代に高麗本郷村の名主を務め、明治時代には高麗村の村長を努めていた。


にじのパレード2014秋 日高市巾着田

高麗神社(日高市)には、高句麗の王族・高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)を祀っている。若光は高麗郡の郡司に任命され、武蔵野の開発に尽くした。


コスモスが咲く秋空のもと、「にじのパレード」が開催された!!

ユネスコ世界遺産に登録されている高句麗(こうくり)古墳壁画をモチーフに再現した、高句麗衣装や古代の雅な衣装に身を包み、コスモスが咲く秋空のもと、巾着田をパレードした。武蔵国に高麗郡(こまぐん)が置かれてから平成28年(2016年)で1300年を迎える。高麗郡は現在の日高市と飯能市を中心に置かれていた。紀元前37年頃から668年まで中国東北部から朝鮮半島にかけて高句麗という国が栄えていた。長い時間の中で多くの高句麗人が日本に渡り、日本では、高麗人(こまびと)と呼ばれていた。716年、関東一円に住んでいた高麗人を集め、武蔵国に高麗郡を設置した。彼らは、優れた技術と努力で未開の地だった高麗郡を開拓した。日高市は、先人がこの土地を築き上げてきた大切な歴史や文化に感謝を表し、未来に引き継ぐため「高麗郡建郡1300年記念事業」プロジェクトを結成。平成23年(2016年)に高麗郡建郡1300年を迎えるにあたり、様々な記念イベントを企画開催していく予定である。

昔、多くの高句麗人が渡来人として日本に渡り、日本国の政治・産業・文化の向上に多大なる影響を与えた。1300年前、駿河・甲斐・相模・上総・下総・常陸・下野の7ヵ国にすでに移住していた高麗人1799人を、武蔵国へ集めて高麗郡が建郡された。その後、高麗郡は、明治29年(1896年)に入間郡に編入され、1180年続いたその歴史に幕をおろしたが、埼玉県西部地域には関連すると考えられるたくさんの痕跡が残っている。


撮影場所:日高市巾着田

住所:埼玉県日高市大字高麗本郷125番地2

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