さいたまの四季 10月

大正時代まつり

与野駅西口駅前通り周辺(さいたま市)

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大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大正浪漫・鹿鳴館スタイル。鹿鳴館は、国賓や外国の外交官を接待するため、現帝国ホテルの隣(旧大和生命ビル)に明治16年(1883年)に建てられた。外交官達は、連夜の舞踏会を楽しんでいた。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

開会セレモニーでは、大正時代まつり実行委員長の挨拶に続き、来賓の方々の挨拶と紹介が行われた。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

パレードの先頭は人力車、その後に舞妓さんや芸者さんが続いた。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大正時代には、西洋文化の影響を受けて「モボ・モガ」の流行現象が現れた。それぞれ「モダン・ボーイ」「モダン・ガール」の略語である。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

人力車でパレードする旦那と芸妓(芸者)。芸妓が存在する所には旦那の存在があり、いわゆるスポンサーといったような人物である。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大正時代の芸者や舞妓さん。関西では芸妓・舞妓(見習い)、関東では芸者・半玉(見習い)と地方によって名称が異なっている。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大日本帝国陸軍兵士。後続の女性用には基本的に軍服は無い。これは、パレードファション用である。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

可愛い大正時代の背負い行商人。行商は、商品を顧客が居るところへ運び、販売するサービス業である。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

早稲田ちんどん研究会のメンバー。東日本唯一の「学生チンドン屋」として活躍している早稲田大学公認サークルである。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

JR与野駅西口改札前をパレードするモダンボーイ・モダンガール。まさに、与野駅前は大正時代にタイムスリップした。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大正から昭和にかけ、カフェが大衆化するに従い、女給を売りにした店が増えた。女給の服装は、着物に白いエプロンとされていた。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

「モダンガール」というのは大正末期から昭和初期にかけて存在した。近代的で新しいタイプの女性のことである。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大正時代まつり、仮装パレードの締めくくりは与野下落合の「みこし」で終了した。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

「与野舞遊連」による笑顔で元気に楽しい阿波踊りが披露された。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

大道芸「筑波山麓がまの油」得意の口上で観客が大爆笑。


大正時代まつり【与野駅西口駅前通り周辺:さいたま市】

昔、懐かしいあめ細工、大勢の親子連れが買っていた。


大正時代にタイムスリップ!?

テレビも携帯電話もインターネットもなかった大正時代の様子を今に伝えるため、与野駅西口駅前通りで、当時の衣装を身にまとった仮装パレードが開催された。今年で27回目を迎える「大正時代まつり」は、大正元年(1912年)与野駅開設80周年を記念して始まった祭りである。毎年100人を超える人達が大正時代の舞妓や芸者、軍人などに仮装してJR与野駅西口駅前通りをパレードする。仮装パレードは、県内外から公募で集まった人達がモダンガール、モダンボーイに扮して練り歩き、沿道の観客とともに大正ロマンに浸った。

「大正時代まつり」が行われた、さいたま市中央区(旧与野市)は、埼玉県南部に位置する人口約10万人の、さいたま市を構成する10行政区のうちの一つである。大正時代まつりは、旧与野市の時に始まった祭で、さいたま市が誕生したことにより「与野」の地名は消滅した。


撮影場所:与野駅西口駅前通り周辺

住所:埼玉県さいたま市中央区下落合2丁目周辺

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