本殿のない金鑚神社

金鑚神社

【神川町】

撮影日:2020年6月27日

本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「第一鳥居」
マップの撮影場所 ①

社名の「金鑚(かなさな)」は、砂鉄を意味する「金砂(かなすな)」が言語であると考えられている。神流川周辺では「刀」などの原料となる良好な「砂鉄」が得られて、「御嶽山」からは鉄が産出したと云う伝承もある。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「拝殿」
マップの撮影場所 ②

金鑚神社は、埼玉県北西部に立つ「御嶽山(みたけさん=標高343.4メートル)」山麓に鎮座し、社殿後背の「御室ヶ嶽(みむろがたけ)」を神体山として祀っている。参拝は神体山「御室が嶽」を直接拝する形式を採っている。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「中門」
マップの撮影場所 ③

一般の神社に見られる「本殿」がなく、拝殿の背後に神体山である「御室ヶ嶽(みむろがたけ)」に通ずる「中門」がある。このように本殿を設けない神社は他に、長野県の諏訪大社・奈良県の大神神社のみである。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「義家橋」
マップの撮影場所 ④

平安時代、奥州「前九年の役(戦争)」追討出陣のとき「源 頼義・義家」が、この地に戦勝祈願し、この橋を架けたとされている。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「境内鳥居と神楽殿」
マップの撮影場所 ⑤

境内鳥居の奥に神楽殿が見える。金鑚神楽は、宝暦年間に江戸神楽の流れをくむ大宮住吉神社(坂戸市)の神楽が伝授されたと云われている。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「旗懸銀杏(はたかけいちょう)」
マップの撮影場所 ⑥

康平5年(1062年)「源 義家」が植えた2代目の銀杏とされている。旗をかけて敵が降伏することを祈った、と云われている。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「多宝塔」
マップの撮影場所 ⑦

天文3年(1534年)に建立された、高さ約18メートルの二重の塔である。県内有数の木造建築物で、国の重要文化財に指定されている。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「鏡岩」
マップの撮影場所 ⑧

御嶽山の山中に、幅5メートル、高さ9メートルの平らな岩肌がある。断層面ができるときに強い摩擦力で岩肌が「鏡」のように磨き上げられたものである。重要な地質学資料として、国の特別天然記念物に指定されている。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「岩峰の展望地」
マップの撮影場所 ⑨

かつてこの岩峰(いわみね)は、鎌倉時代にこの地にあった「法楽寺」の「回峰行(かいほうぎょう=修験行)」を行う場所であった。金鑚神社の「奥宮」も祀られている。群馬県の赤城山や榛名山が展望できる。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「御嶽山の山頂」
マップの撮影場所 ⑩

金鑚神社の背後にある御嶽山(343.4メートル)の山頂一帯には、「御嶽城(みたけじょう=山城)」の遺構が残っている。文明12年(1480年)安保吉兼によって築かれたともいわれているが、詳しいことはわかっていない。甲斐の武田氏や豊臣秀吉の北条氏攻めの影響を受け、落城し、その後、廃城になったと推定される。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま

「元森神社」
マップの撮影場所 ⑪

金鑚神社の北東約400メートルの地に、八坂神社と共に鎮座している。元々は金鑚神社の旧鎮座地であって、ここから神体山「御室ヶ嶽(みむろがたけ)」を遙拝したと考えられている。神社前には、老木や亀石、小さな石祠などが並んでいる。


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま


本殿のない金鑚神社【埼玉県児玉郡神川町】 | フォトさいたま


本殿のない金鑚神社を
動画でご覧ください。


本殿を設けていない神社は3社のみ

武蔵国二ノ宮「金鑚神社(かなさなじんじゃ)」は、埼玉県北西部に立つ「御嶽山(みたけさん=標高343.4メートル)」の山麓に鎮座している。一般の神社に見られる「本殿」がなく、社殿(拝殿)後背の「御室ヶ嶽(みむろがたけ=御室山)」を「神体山」としている神社である。主要社殿は、「拝殿・中門」からなり、神体山「御室ヶ獄(御室山)」を直接拝するという形式を採っている。古来、自然環境に恵まれた日本では、山や谷、巨木、岩石、大滝などの自然物を「神」として崇拝(すうはい)してきた歴史がある。このように「本殿」を設けてない神社は、他に長野県諏訪市の「守屋山(もりやさん)」を神体山とする「諏訪大社(すわたいしゃ)」、奈良県桜井市の「三輪山(みわやま)」を神体山とする「大神神社(おおみわじんじゃ)」のみである。

「金鑚神社」の祭神は、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」、「素戔嗚尊(すさのおのみこと)」、「日本武尊(やまとたけるのみこと)」の三柱である。日本武尊が東国遠征の帰りに、「火鑽金(ひきりがね=乾燥したヒノキなどの小口に棒をあて、激しくもんで摩擦で火を出す道具)」を神体山である「御室ヶ獄(御室山)」に「御霊代(みたましろ=御神体)」として納め、「天照大神」、「素戔嗚尊」を祀ったのが神社の始まりとされている。社名の「金鑚(かなさな)」は、「砂鉄」を意味する。神流川周辺では刀などの原料となる良好な砂鉄が得られ、御嶽山からは鉄が産出したという伝説がある。「金鑚神社」は、武蔵国の二ノ宮とされているが、なぜか、武蔵国の総社「大國魂神社(武蔵六所宮)」には、武蔵国五ノ宮として祀られている。


撮影日:

撮影場所:金鑚神社

住所:埼玉県児玉郡神川町二ノ宮751