久しぶりの再会に喜び合う振り袖姿の新成人たち。振り袖が晴れ着として広まったのは江戸時代から。特に19歳は女性の厄年、災難や病気などを「長い袖で振り払う」という意味もある。
蕨の成年式は、国民の祝日に関する法律(昭和32年制定)の「成人の日」のモデルとなった。蕨市では、現在でも第1回の「成年式」の名称で成人式を行っている。
成年年齢が20歳から18歳に引き下げられるが、成年式(成人式)発祥の地である蕨市は、今後も20歳を対象に成年式を開催していくことになった。
「成年式発祥の地」の裸婦像の前で、成年式開催スタッフの記念撮影が行われた。「成人の日」制定30周年と市制20周年を記念し蕨城址公園にブロンズ像が建立された。
成年式が開催された「蕨市民会館」の隣の「和楽備(わらび)神社」を参拝する新成人。新成人の神社参拝は、ここまで無事に育つ事ができたお礼参りである。
江戸時代には蕨宿が置かれ、中山道の宿場町として非常に栄えた。蕨市役所付近には古来の日本住宅など多く残されており、旧中山道添えに栄えた当時を忍ばせる建物も多い。
わが国最初の成年式
日本における今日の形態の「成人式」は、戦後間もない昭和21年11月22日埼玉県の小さな町、蕨町(現在の蕨市)で実施された「成年祭」がルーツになっている。蕨の町は、終戦を間近にした昭和20年5月、アメリカ軍の空襲をうけ、数え切れない家屋が焼け、大きな被害と多くの死者を出した。そういう中で、次代を担う青年達に明るい希望を持たせ励ますため、当時の蕨町青年団長、「高橋庄次郎」が主唱者となり「青年祭」を企画した。蕨第一国民学校(現在の蕨北小学校)を会場として、校庭にテントを張り、3日間にわたって実施し、最初に開かれたのが「成年式」であった。戦地から戻った青年たちは国民服で、女性はもんぺ姿で参加し、大いに励まされたという。この「成年式」が全国に広まり現在の成人式となった。蕨市では現在も「成年式」の名称で成人式を行っている。
「成年式」の行われた蕨市は、埼玉県南東部にある人口約7万5千人の市である。全国の市の中で最も面積が狭く、人口密度も全国の市町村で最も高い。江戸時代には蕨宿が置かれ、中山道の宿場町として栄えた。民法の一部改正(2022年4月に施行)で、成年年齢を20歳から18歳に引き下げられるが、成年式(成人式)発祥の地である蕨市では、改正民法が施行されても、20歳を対象に「成年式」を開催していくことになった。
撮影日: 2020年1月3日
撮影場所:蕨市民会館
住所:埼玉県蕨市中央4-21-29