さいたまの自慢風土記

わが国航空発祥の地

所沢航空記念公園(所沢市)

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「日本最初の飛行場(滑走路の跡)」

所沢飛行場の敷地面積は約76.3ヘクタール。飛行機格納庫、気象観測所、燃料庫、東西方向に幅約50メートル、長さ約400メートルの滑走路を持つ飛行場であった


「C-46A輸送機(天馬)」

公園のシンボルとして展示するため航空自衛隊入間基地所属だった機体を分解して運搬、現在の場所に設置された。機体展示の横には「航空発祥の地」の石碑がある


「会式一号機の(レプリカ)」

日本で最初の国産軍用機「会式一号機」を所沢飛行場内で製作された。これは日本で初めて飛行した「アンリ・ファルマン複葉機」を参考に、より高い性能を持つことを目的に製作された


「航空整備兵の像」

当時この地にあった所沢航空整備学校内に建立されたもので、翼を抱き、空を見上げる航空整備兵三人の姿は、当時の少年飛行兵や整備兵のシンボルとされていた


「我が国最初の航空犠牲者記念塔」

木村・徳田両中尉像、両者は、大正2年(1913年)青山練兵場より帰航の途中、所沢飛行場北東1500メートルの上空に差し掛かったとき、突風に左の翼を破壊され飛行機と共に墜落して殉職し、我が国初の航空犠牲者となった


「フォール大佐の像」

フォール大佐は、大正八年フランス航空教育団長として来日、一年七ヶ月にわたり航空技術の指導教育をし、我が国航空界の発展に貢献した


「所沢航空記念公園」

昭和53年に「所沢航空記念公園」を整備し、平成5年に「所沢航空発祥記念館」を建設した。誰でもが航空の歴史や文化を学び、実際に飛行体験をシミュレーターできる体験型施設である


「所沢航空発祥記念館」

航空をテーマとした博物館で、飛行機、ヘリコプターなどの実機を多く収容した展示館であり、大型スクリーンで航空機関連の作品が立体音響システムで上映されている


「航空公園駅」

西武新宿線「航空公園駅」は、日本で初めて飛行した航空機「アンリ・ファルマン複葉機」をイメージした特徴的なデザインで、時計がプロペラに見える。中央広場のモニュメントは「天翔」飛行機が大空を飛翔するイメージしている


「駅前に展示しているYS-11の機体」

YS-11は、日本航空機製造が製造した旅客機、第二次世界大戦後に初めて日本のメーカが開発した旅客機である。長期にわたり運用されたが2011年日本において運行を終了した


「ところバス」

市内循環バス「ところバス」のデザインも日本で初めて飛行した航空機「アンリ・ファルマン複葉機」をイメージしている


「プロペ通り」

日本の航空発祥の地“所沢”にちなんでプロペラより命名された商店街は、西武線所沢駅西口ロータリーより始まり全長300メートルで、100余店の市内で一番賑わっている商店街である


「ファルマン通り」

日本で初めて飛行した航空機「アンリ・ファルマン」の名前を持つ所沢ファルマン通り商店街で、イメージキャラクター「ファルック」をシンボルに、魅力ある商店街づくりを進めている


「所沢市のシンボルマーク」

「日本の航空発祥の地」を素材として、緑豊かな未来都市への飛翔をイメージし、飛行機をベースに青い空と武蔵野の緑を表している


「マンホールの蓋」

所沢市内に設置している、マンホールの蓋のデザインも、日本で初めて飛行した航空機「アンリ・ファルマン複葉機」をイメージしている


「航空発祥100週年の記念碑」

明治44年(1911年)4月に開設された「所沢飛行場」は、2011年4月で、飛行場開設から100年となる


日本最初の飛行場!!

日本で最初の飛行場は、明治44年4月開設された「所沢飛行場」である。開設当初、所沢飛行場の敷地面積は約76.3ヘクタール。飛行機格納庫、気象観測所、燃料庫、東西方向に幅約50メートル、長さ約400メートルの滑走路を持つ飛行場であった。「所沢航空記念公園」は、所沢飛行場の跡地に造られた都市公園である。所沢飛行場での初飛行は、明治44年(1911年)4月5日の早朝に開始され、徳川好敏大尉が、フランスの飛行機「アンリ・ファルマン複葉機」で、高度10メートル、飛行距離は800メートルであった。所沢の住民はもとより、多くの見学者が、飛行を一目見ようと近在各地から集まり、訓練日には桟敷が設けられ、飛翔のたびに歓声が上がったといわれている。

所沢航空記念公園のある所沢市は、埼玉県南西部にある人口約34万1千人の市である。明治44年(1911年)現在の市役所のある並木町地区一帯に陸軍が日本初の飛行場(のちの陸軍航空整備学校)を設置し、新たな基地の町となった。「航空発祥の地」を標榜しているのは、これに由来する。


撮影場所:所沢航空記念公園

住所:埼玉県所沢市並木1-13