坂東三十三ヶ所観音霊場

板東札所 第7番

金目山・光明寺(平塚市)

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板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「仁王門」

14世紀頃の造立とされている、関東最古の金剛力士像が安置されている仁王門。16世紀中頃の建築物であると推定されている。昭和62年(1987年)に解体修理を行われた。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「本堂」

仁王門よ眺める本堂。宝形造、柿葺形銅板葺で、明応7年(1498年)の建立である。本尊聖観音菩薩立像を安置している。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「観音堂(本堂)」

かつては金目観音の別当防であったが、現在は光明寺の観音堂となっている。昭和43年(1968年)の修理で屋根や欄間などが創建当初の姿となっている。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「聖徳太子像」

お賓頭盧さま(おびんずるさま)の左奥の像が聖徳太子である。本尊聖観音像の胎内に納められた観音像(金剛仏)は聖徳太子の作と云われている。「お腹籠(はらこもり)の観音さま」として知られている。北条政子は次男の出産祈願を込めている。今も安産にあやかり寺が授ける腹帯を受け取る女性たちが多い。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「鐘楼」

鐘楼の梵鐘と別に、観音堂内陣に保管されている銅鐘がある。南北朝時代、正平7年(1352年)清原国吉作の梵鐘である。神奈川県指定重要文化財になっている。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「わらじのお守り」

仁王門には、大小さまざまなわらじ守りが掛けられている。はだしの金剛力士像に、わらじを納めることで身体を守ってもらう願掛けである。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「歓喜堂(聖天尊)」

大聖歓喜大自在天、略して歓喜天を祀っている。魔障を除く守護神で、あらゆる願望がかなえられる。なお堂内には、七福神も祀られている。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「文殊・普賢堂」

文殊菩薩と普賢菩薩を祀っている。文殊菩薩は知恵の勝れた菩薩である。普賢菩薩は衆生の命を延ばす徳を持っているので、延命菩薩とも云われている。堂左手の巨木は平塚市の保全樹、大銀杏である。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「水琴窟(すいきんくつ)」

水琴窟は手水鉢の近くに埋められた地中の瓶の中に手水鉢の排水を落とし、その音を反響させ、澄んだ音を地上に聞こえるようにしたものである。日本庭園の装飾の一つである。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

「保全木の榧(カヤ)」

平塚市指定保全樹木「榧」が本堂裏面にそびえている。平塚市は歴史的、文化的に優れた樹木を保全樹として指定している。


板東札所 第7番【金目山・光明寺】

金目山(かなめざん)・光明寺(こうみょうじ)

板東札所第7番の「光明寺(こうみょうじ)」は、(相模国 さがみのくに)神奈川県平塚市南金目にある天台宗の寺院である。山号は「金目山(かなめざん)」。本尊は「聖観世音菩薩」である。金目観音(かなめかんのん)とも称される。平塚市の西部を流れる金目川のほとりに本堂(観音堂)がある。大宝2年(702年)に海女が海中から観音像を得たと云われている。のちに道儀上人(どうぐじょうにん)が金目の地に「光明寺」を建てて観音像を安置した。宝形造の本堂は、明応(めいおう)7年(1498年)の建立と云われる平塚市最古の建造物である。昭和58年より3年間かけて行われた解体修理で建立当初の姿にかえった。


撮影場所:金目山・光明寺

住所:神奈川県平塚市南金目896