坂東札所 第33番

補陀洛山・那古寺

(館山市・安房国)

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坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「多宝塔」

塔の中心となる心柱の墨書銘から、宝暦11年(1761年)に建立されたことがわかった。三間多宝塔で、下層は方形、上層は円形になっているのが特徴である。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「仁王門」

左右の仁王像(金剛力士像)は、金箔や彩色が風化した状態になっており、歴史を感じさせる。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「観音堂(本堂)」

享保17年(1732年)徳川幕府によって現在の山腹に再建されたものである。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「観音堂・向拝」

正面の額「園通閣」の文字は、老中だった「松平定信」の書とされている。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「阿弥陀堂」

鎌倉時代に彫刻されたとされる、像高140センチメートルの木造阿弥陀如来坐像が安置されている。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「鐘楼堂」

仁王門をくぐると、左側に鐘楼堂がある。ここから、館山市の街並みが見える。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「岩舟地蔵堂」

観音堂左奥に、大黒堂(手前)、龍王堂(左奥)、そして右奥に小さな岩舟地蔵堂がある。漁業の安全祈願のために、約50個の岩舟が奉納されている。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「那古寺・本坊」

本坊は、その寺院の寺務所である。本坊横には、南房総の温暖な気候を利用して大蘇鉄(ソテツ)が植えられている。地元の力士が奉納したものと云われている。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「紫式部供養塔」

山頂展望台に登る途中に「古屋敷」と呼ばれるところがある。ここに紫式部の墓があったと云われている。元禄16年(1703年)の大地震まで、那古寺の本堂があったところだとも云われている。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「潮音台(展望台)」

本堂の脇道か山頂(展望台)に登ると、眼下に館山湾(鏡が浦)が広がる。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「補陀洛山・那古寺(那古観音)の御朱印」

那古寺は、坂東観音霊場の第33番札所である。すなわち「結願(けちがん)」となる。納経帳にはこの寺の朱印と共に結願の印(左上)が押される。


坂東札所 第33番 【補陀洛山・那古寺】

「結願(けちがん)の証」

「巡拝畢(巡拝おわる)」の横に日付と氏名が墨書される。「畢(おわる・ひつ)」とは、それまで続いていたことが終わることを意味する。


「補陀洛山・那古寺」

坂東札所第33番の「那古寺(なごじ)」は、(安房国あわのくに)千葉県館山市にある真言宗智山派の寺院である。山号は「補陀洛山(ふだらくさん)」。本尊は「千手観世音菩薩」である。「那古観音」とも称される。奈良時代、養老元年(717年)僧、「行基」が元正天皇の病気平癒(へいゆ)を祈るためこの地を訪れ、千手観音菩薩像を刻み安置して、祈願したら、天皇の病は平癒したと云う。そこで天皇の祈願により那古山の山頂に観音堂を建立して、千手観音菩薩像を祀ったのが始まりと云われている。


撮影場所:補陀洛山・那古寺

住所:千葉県館山市那古1125