「参道入り口」
参道入口に到着すると、下に観音堂の屋根が緑に囲まれて見え、荒川対岸の景色まで望める。岩之上堂は、その名の通り荒川河岸の崖の上に建っている。
「観音堂」
昔は、願成寺といわれ大伽藍の寺であったが、永禄の兵乱により焼かれ、本尊は仮堂に安置された。その後、内田家の祖先が建造した。
「観音堂正面」
岩之上堂は、江戸時代から今に続く旧家、内田家の個人所有(現在16代目)である。武州鉢形城落城後、内田家の祖先がこの地で堂守となった。
「観音堂内陣」
藤原時代の作といわれている本尊の聖観音像を安置する厨子は、観音開きの裏面に、日天、月天、風神、雷神と共に極彩色で三十三観音の彫刻もある。
「観音堂脇の地蔵尊」
観音堂脇には石地蔵尊が立っている。境内には四季折々の花が植えられて、荒川を前にした静かな霊場である。
「乳水場」
乳水場(ちすいば)と呼ばれる洞窟に乳水地蔵尊が祀られている。乳の出ない母親が洞窟の天上から滴る水を飲むと乳が迸るように出たという。
「法王山・岩之上堂の御朱印」
「法王山(ほうおうざん)・岩之上堂(いわのうえどう)」
岩之上堂は、その名のとおり荒川河岸の崖上にある。観音堂は三間四面方形造りで流れ拝向を付けている。本尊の聖観世音菩薩は、平安時代の作と伝えられ、優美で穏やかな姿をしている。現在の観音堂は江戸中期の造営と思われるが、元禄年間に内陣の補修、宝永年間に彫刻の補修を経てきたもので、唐模様系統の建築で優美な造りである。昔、川向こうに住む母の安否を尋ねて増水した荒川を渡ろうとした孝行息子を、この岩之上堂の聖観音が童子に化身して舟を漕ぎ渡してくれたといわれている。
撮影場所:法王山・岩之上堂
住所:埼玉県秩父市寺尾2169(内田家)