西国札所 第2番

紀三井山・金剛宝寺護国院

(紀伊國・和歌山県和歌山市)

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西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「新仏殿」

大きな「五鈷杵(ごこしょ)」と紐で結ばれている日本最大の12メートルの巨像である。平成20年(2008年)開眼の大千手十一面観世音菩薩像。大仏師・松本明慶の作である。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「新仏殿の展望回廊」

展望回廊からは眺望が開けており、和歌山市の雄大な景色を楽しむことができる。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「楼門(ろうもん)」

桃山時代の様式を残す入母屋造りの楼門である。欄間の牡丹と蓮の彫刻があざやかである。国の重要文化財に指定されている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「結縁坂(けちえんざか)」

楼門をくぐるとそこから231段の急な石段が続く。紀伊國屋文左衛門が若かりしころ、のちに妻となる女性「かよ」と出会ったのがこの石段であると云われている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「本堂(観音堂)」

本尊・十一面観世音菩薩を祀る本堂は、江戸時代・宝暦9年(1759年)に建立された。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「本堂(外陣)」

総ケヤキ造りの本堂。桜の季節や寺の行事の日には参拝者で埋め尽くされる。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「多宝塔」

室町時代・文安6年(1449年)再建された。室町中期の様式で国の指定文化財である。
五智如来を祀っている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「鐘楼」

安土桃山時代・天正16年(1588年)に安部六太郎によって再建されたと云われている。建物の中に梵鐘が吊されている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「六角堂」

江戸時代・寛延年間1750年頃建立されたと云われている。西国三十三ヵ所の本尊を祀っている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「清浄水(しょうじょうすい)」

紀三井寺の名前の由来でもある三つの湧き水の一つである。この清浄水の周辺には松尾芭蕉の句碑が建てられている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「楊柳水(ようりゅうすい)」

紀三井寺の名前の由来でもある三つの湧き水の一つである。この水を飲む人々から病から救ってくれたと喜ばれてきた。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「吉祥水(きっしょうすい)」

紀三井寺の名前の由来でもある三つの湧き水の一つである。吉祥天女からこっそり湧き出たものとされている。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「裏門」

裏門から入ると、231段の石段を上らないで自転車や車で境内まで行ける。


西国札所 第2番【金剛宝寺護国院】

「紀三井山・金剛宝寺護国院(紀三井寺)の御朱印」


「紀三井山・金剛宝寺護国院(紀三井寺)」

西国札所第2番の「金剛宝寺護国院(こんごうほうじごこくいん)」は、紀伊國(きいのくに)和歌山県和歌山市紀三井寺(きみいでら)にある、救世観音宗総本山の寺院である。山号は「紀三井山(きみいさん)」。本尊は「十一面観世音菩薩」である。「紀三井寺(きみいでら)」とも称される。寺の創建は古く、奈良時代の宝亀元年(770年)、「為光上人(いこう=唐の僧)」によって開かれた。為光上人が日本各地を巡り、たまたま名草山のふもとに泊まった時に、名草山山頂から一筋の光が発せられているのを見た。光の元をたどって名草山に登った為光は、金色に輝く千手観音に出会った。感得した為光は、自ら十一面観音を刻み「胎内仏」として草堂を造って安置したのが始まりと云われている。名草山に、三つの霊水「清浄水(しょうじょうすい)」、「楊柳水(ようりゅうすい)」、「吉祥水(きっしょうすい)」が湧き出ている。この三つの霊水があることから「紀三井山」という山号になったと云われている。


撮影場所:紀三井山・金剛宝寺護国院

住所:和歌山県和歌山市紀三井寺1201