西国札所 第9番

興福寺・南円堂

(大和國・良県奈良市)

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西国札所 第9番【興福寺・南円堂】 | フォトさいたま

「南円堂(観音堂)」

西国三十三ヶ所観音霊場の第9番札所は、興福寺の伽藍(がらん=寺の建物)のひとつ「南円堂(八角堂)」である。


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「南円堂向拝」

弘仁4年(813年)に藤原冬嗣(ふゆつぐ)が、父の内麻呂(うちまろ)の冥福を願って建立した。本尊・不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのんぼさつ)を祀っている。参拝者が絶えないが、堂の扉は常時閉ざされている。


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「一言観音堂」

南円堂の北側に「一言観音」が祀られている小堂が建っている。その名の通り、一言だけお願いすると、それが叶えられると云われている。


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「南円堂への石段」

南円堂へは、興福寺の境内を通っていけるが、三条通りから石段を上っても行ける。西国三十三ヶ所の札所に、直接詣りに来たような感じである。


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「北円堂(国宝)」

日本に現存する八角堂のうち、最も美しいと賞賛される。興福寺の伽藍(がらん=寺の建物)のひとつである。本尊・弥勒菩薩坐像が安置されている。


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「三重塔(国宝)」

興福寺で最古の建物である。高さ19.1メートル、本瓦葺きで、鎌倉時代初期に再建されたものと云われている。


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「中金堂」

中金堂は、藤原不比等(ふじわらのふひと)が興福寺の最初の堂宇として、同和3年(710年)に創建した。しかし、創建より6回の焼失・再建を繰り返し、享保2年(1717年)に仮堂が再建された。仮堂も老朽化が進んだため、平成30年(2018年)当時の様式で復元された。


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「東金堂と五重塔」

東金堂(左)は、西向きの建物である。神亀3年(726年)に建立された。五重塔(右)は、天平2年(730年)に建立された。古都奈良を象徴する塔で、祖釈迦の舎利(しゃり=遺骨)を納める墓標である。


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「興福寺・南円堂の御朱印」


「興福寺・南円堂」

西国札所第9番の「南円堂(なんえんどう)」は、大和國(やまとのくに)奈良県奈良市登大路町にある、法相宗の興福寺の伽藍(がらん=寺の建物)のひとつである。本尊は「不空羂索(ふくうけんさく)観世音菩薩」である。興福寺は、天智8年(669年)藤原鎌足(ふじわらのかまたり)の夫人、鏡女王(かがみのおおきみ)が、山階寺(やましなでら)を京都に建立した。のちに飛鳥に移され、さらに和銅3年(710年)鎌足の子、藤原不比等(ふじわらのふひと)が現在地に移転し、興福寺と名付けた。現在の興福寺・南円堂は、寛政元年(1789年)の再建で、八角円堂である。本尊は興福寺に安置されていた、木造・不空羂索観世音菩薩坐像である。堂は西国三十三ヶ所の九番札所として参詣者が絶えないが、堂の扉は常時閉ざされている。


撮影場所:興福寺・南円堂

住所:奈良県奈良市登大路町48