西国札所 第21番

菩提山・穴太寺

(丹波國・京都府亀岡市)

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西国札所 第21番【菩提山・穴太寺】 | フォトさいたま

「穴太寺庭園」

本坊前の詩情あふれる庭園である。江戸時代中期の庭園で、石組、池、丸刈りの植栽、樹木で構成されている。京都府指定名勝でもある。


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「仁王門」

17世紀中期の建造と云われている。八脚門、入母屋造、本瓦葺き造りである。京都府登録文化財でもある。


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「本堂(観音堂)」

享保13年(1728年)前身の堂が焼失した後、享保20年(1735年)に再建された。多くの巡礼者が訪れる霊場として、広い向拝と吹き放しの外陣が特徴である。


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「本堂向拝」

創建当時は、疫病退散や五穀豊穣を願う薬師如来を本尊としていた。後に、札所本尊・聖観世音菩薩も祀られるようになった。


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「多宝塔」

文化元年(1804年)に再建された。三間の木造多宝塔で、柱は全て円柱になっている。内部の須弥壇には、釈迦如来と多宝如来の二仏が安置されている。


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「鐘楼」

宝暦9年(1759年)の建立と言われている。入母屋造に桟瓦葺である。京都府登録文化財になっている。


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「宇治宮成の墓」

平安時代に、郡司(ぐんじ=郡を治めた地方官)の「宇治宮成」が仏師を招き、本尊・聖観世音菩薩を造立したとされる人物である。


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「菩提山・穴太寺の御朱印」


「菩提山・穴太寺」

西国札所第21番の「穴太寺(あなおじ)」は、丹波國(たんばのくに)京都府亀岡市曽我部町にある、天台宗の寺院である。山号は「菩提山(ぼだいさん)」、本尊は「聖観世音菩薩」である。この寺は、慶雲2年(705年)文武天皇の祈願により「大伴古麻呂(おおとものこまろ=奈良時代の貴族)」が開創したとされている。創建時は、疫病退散や五穀豊穣を願う薬師如来を本尊としていた。あるとき、丹波國桑田郡の郡司「宇治宮成(うじのみやなり)」は、「感世(かんせい=京の仏像の彫刻師)」に依頼して、聖観音像を彫刻させた。観音像が完成したのを見て感激し、お礼として宮成の妻が、仏師に宮成が大切にしていた白馬を与えた。それを見た宮成は、白馬が惜しくなり、家来に命じて仏師を弓矢で射ち殺し、白馬を奪え返した。ところが、死んだはずの仏師は健在で、仏師が刻んだ観音像の胸に矢が刺さっていた。「観音さまが身代わりになられた」と悟った宮成は、仏門に入り、穴太寺に聖観音菩薩を本尊として祀った。以来、「身代わり観音」として人々の信仰を集めるようになったと云われている。


撮影場所:菩提山・穴太寺

住所:京都府亀岡市曽我部町穴太東ノ辻46