西国札所第3番 粉河寺

風猛山(ふもうさん)

粉河寺(こかわでら)

 

西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「大門」

宝永4年(1707年)建立。総欅・入母屋造り、本瓦葺きの楼門(2階建て門)である。仏師・春日作の金剛力士像を安置している。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「参道」

大門をくぐると参道脇には、本坊、童男堂(どうなんどう)などの諸堂が並ぶ。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「中門」

大門をくぐり参道の先には「中門」が建っている。天保3年(1832年)に建立。「風猛山」の扁額は、紀州十代藩主「徳川治宝(とくがわはるとみ)」の直筆である。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「本堂(観音堂)」

西国三十三ヶ所の寺院の中で最大級の堂である。享保5年(1720年)に再建された。本尊・千手千眼観世音菩薩を安置する正堂(しょうどう)と、礼拝のための礼堂(らいどう)が結合した複合仏堂である。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「本堂・礼堂」

西国札所として、多数の参詣者を収容する必要から、礼堂部分を広く取っている。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「千手堂」

宝暦10年(1760年)建立。正面には千手観世音菩薩、両脇の祭壇には紀州歴代藩主とそのゆかりのある人々の位牌を安置している。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「童男堂(どうなんどう)」

「童男堂」は、参道の北側に建てられている。延宝7年(1679年)に建立された。粉河寺の本尊、「千手千眼観世音菩薩」の化身、「童男大士」を祀っている。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「芭蕉の句碑」

芭蕉が、粉河寺を訪ねたかどうかは不明であるが、境内に「句碑」がある。「ひとつぬぎて・うしろにおひぬ・ころもがえ」と彫られている。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「粉河寺庭園」

本堂の前庭とその下の広場との高低差を利用して作られた庭園である。日本庭園の中でも先例のない石組みの庭園である。


西国札所第3番 風猛山・粉河寺を動画でご覧ください。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】

「風猛山・粉河寺の御朱印」


「風猛山・粉河寺」

西国札所第3番の「粉河寺(こかわでら)」は、紀伊國(きいのくに)現在の和歌山県紀の川市にある、粉河観音宗・総本山の寺院である。山号は「風猛山(ふもうさん)」。本尊は「千手千眼観世音菩薩」である。この寺は、和歌山県北部を東西に流れる「紀の川」の北岸に位置している。大門をくぐると、本坊や童男堂などの諸堂が並んでいる。本堂は、西国三十三ヶ所の寺院の中で最大規模の堂で、本堂前の斜面には巨石を配置した見事な庭園がある。宝亀元年(770年)粉河の猟師、「大伴孔子古(おおとものくじこ)」によて開かれたと伝われている。大伴孔子古が、山中で猟の最中に地面が不思議な光を放っている場所を見つけて、そこに「庵(あん=僧や尼が泊まる小さな家)」を営んだ。ある日、一人の「童男(どうなん=男の子)」に、一晩泊めてくれと言われ、泊めるこにした。すると童男は、宿を借りたお礼にと7日間かけて千手観音像を刻んだ。8日目の朝、大伴孔子古が見てみると童男の姿はなく、金色の千手観音の像だけがあった。その観音像を童男の化身だとおもい、大切に祀ったのが粉河寺の始まりと云われている。


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】境内マップ | フォトさいたま


西国札所 第3番 【風猛山・粉河寺】 | フォトさいたま


撮影日:

住所:和歌山県紀の川市粉河2787