西国札所 第33番

谷汲山・華厳寺

(美濃國・岐阜県揖斐郡揖斐川町)

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西国札所 第33番【谷汲山・華厳寺】 | フォトさいたま

「仁王門」

西国札所第1番の「那智山・青岸渡寺」から始まった西国三十三ヶ所観音霊場巡礼の旅は、ここ美濃國(岐阜県)「谷汲山・華厳寺」で満願(結願)の時を迎える。


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「仁王門の巨大な草鞋」

宝暦年間に再建されたとされる仁王門。両脇には「運慶」の作と伝えられる仁王像が安置されている。通路の左右には、巨大な草鞋(わらじ)が奉納されている。


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「本堂への参道」

巡礼の終着駅、「たにぐみさん」の愛称で親しまれる「谷汲山・華厳寺」は、延暦17年(798年)に創建され、その山号と寺号は、醍醐天皇より賜った。


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「手水屋(ちょうずや)」

手水屋(舎)は、寺院の参道脇または本堂の脇に置かれ、参詣者が手や口を漱ぎ清める場所である。観音様の持つ水瓶からの水で清める「手水場」は、珍しい。


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「本堂(観音堂)」

奥州会津の「大口大領(おおぐちだいりょう)」という観音信者が観音像を、京の仏師に造ってもらった。その観音造を、奥州会津に運び帰る途中、この地で突然重くなり動かなくなった。ここが縁のある地であろうと、留まることをきめ、堂を建て観音像を安置した。


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「本堂外陣」

現在の本堂は、明治12年(1879年)に再建されたと云われている。本尊・「十一面観世音菩薩像」が安置されている。脇侍として「不動明王像」と「毘沙門天像」を安置。何れも秘仏である。


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「満願堂」

本堂から階段を三十三段上った先に立つ「満願堂」である。巡礼者は、ここに古くなった「札」や「千羽鶴」などを納める。


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「笈摺堂(おいずるどう)」

笈摺は、巡礼のとき、上に羽織る袖のない薄い衣である。満願(結願)の際に、笈摺や御朱印帳、千羽鶴などを奉納する堂である。大量の笈摺や御朱印帳が納められている。


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「精進落としの鯉」

本堂・正面向拝の左右の柱には、「精進落としの鯉」と称される、銅製の鯉が打ち付けられている。西国札所巡礼を三十三番札所の華厳寺で満願(結願)した者は、その記念に、この鯉に触れる習わしがある。


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「鐘楼」

本堂、右脇にある「袴腰付きの鐘楼」である。正面には唐破風が付いている、立派な鐘楼である。


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「華厳寺・本堂(観音堂)の御朱印」


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「華厳寺・満願堂の御朱印」


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「華厳寺・笈摺堂の御朱印」


「谷汲山・華厳寺の三つの御朱印」

華厳寺では、西国三十三番の満願(結願)札所として、「花山法皇」が詠まれた御製三首の御詠歌にちなんで三つの御朱印を行っている。三つの御朱印とは、「本堂(観音堂)」・「満願堂」・「笈摺堂(おいずるどう)」を指し、それぞれ「現世」・「過去世」・「未来世」を意味しているとされている。


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「満願之証」

西国三十三観音霊場の満願(結願)打ち納めの証がもらえる。


「谷汲山・華厳寺」

西国札所第33番の「華厳寺(けごんじ)」は、美濃國(みののくに)岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積にある、天台宗の寺院である。山号は「谷汲山(たにぐみさん)」、本尊は「十一面観世音菩薩」である。この寺は、西国三十三所巡礼の33番札納めである「満願・結願」の寺である。延歴17年(798年)、会津黒河郷(福島県・会津)の豪族「大口大領(おおぐちたいりょう)」なる人物によって創建されたと云われている。大口大領は、京都の仏師に依頼して、自ら信仰する十一面観音像を造立した。そして、大口大領は、京都から観音像とともに故郷の奥州会津に帰ろうとしていた途中、美濃國の赤坂(現・岐阜県大垣市)で観音像が重くなり突然動かなくなった。大口大領は、ここが縁のある地であろうと留まることを決意し、山中で修行していた「豊然上人(ぶねん=修行僧)」の協力を得てこの地に堂を建立して、観音像を安置した。すると、堂の近くの岩穴から「油」が尽きることがなく湧き出し、それを汲んで灯明用の油に用いたと伝えられている。これを聞いた醍醐天皇は、「谷汲山」の山号と「華厳寺」の寺名を与えた。


撮影場所:谷汲山・華厳寺

住所:岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23