西国札所 第18番

紫雲山・頂法寺(六角堂)

(山城国・京都府京都市)

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西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「一言願い地蔵」

この地蔵尊は、少し首を傾げている姿をしている。これは悩んでいるわけではない。参拝者の願い事を叶えようか、どうしようか、と考えている姿であるとされている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「山門」

周囲をビルに囲まれた京都の繁華街に、風格ある山門を構えている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「六角堂(観音堂)」

飛鳥時代に「聖徳太子」が創建したという、京都市内屈指の古寺である。現在の六角形の本堂は、明治10年(1877年)に再建されたものである。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「六角堂・向拝」

本堂に安置されている本尊は、聖徳太子の念持仏と伝わる「如意輪観音坐像」で、秘仏とされている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「六角堂(裏堂)」

本堂を正面から見ると、向拝堂があるため六角形には見えないが、裏側より見ると六角形になっている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「へそ石」

山門をくぐると、中央にまるい穴があいた六角形の石がある。六角堂が京都の中心とされたことから、体の中心である「ヘソ」になぞられて「へそ石」と呼ばれている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「太子堂」

聖徳太子が水浴したと云われている「泉」のあった場所に、「太子堂」が建てられている。堂内には、六角堂を創建した「聖徳太子像」二体が安置されている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「親鸞堂」

「親鸞(しんらん=鎌倉時代の僧)」建仁元年(1201年)六角堂に一定の期間こもり、浄土真宗を開くきっかけを得たことにちなみ、親鸞の像を二体安置している。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「十六羅漢」

羅漢(らかん)は、仏教において最高の悟りを得た僧侶のことである。六角堂の十六羅漢は、「和顔(わげん)・愛語(あいご)」を実戦し、いつもニコニコしている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「縁結びの六角柳」

六角堂の柳に、「願をかけると良縁に恵まれる」といった噂が広まり、縁結びや恋が叶うと信仰されている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「境内の地蔵尊」

境内には、多くの地蔵尊が安置されている。小さな子供を守ってくれる「わらべ地蔵」。京都御所を守るために北を向いている「北向地蔵」などの群像が続いている。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「立花のモニュメント」

「頂法寺(六角堂)」は、「いけ花」発祥地の地でもある。代々六角堂の住職を務める「池坊」は、仏前に花を供えるなかで、さまざまな工夫を加え、室町時代の「いけばな」が成立した。


西国札所 第18番【紫雲山・頂法寺(六角堂)】

「紫雲山・頂法寺(六角堂)の御朱印」


「紫雲山・頂法寺(六角堂)」

西国札所第18番の「頂法寺(ちょうほうじ)」は、山城国(やましろのくに)京都府京都市中京区堂之前町にある、天台宗系単立の寺院である。山号は「紫雲山(しうんざん)」。本尊は「如意輪観世音菩薩」である。通称「六角堂(ろっかくどう)」とも称される。用明天皇2年(587年)聖徳太子は、如意輪観音像を念持仏としていた。太子が16歳のとき、大阪市天王寺にある「四天王寺」を建立するため、木材を探しに「小野妹子」とともにこの地を訪れた。太子は、清らかな水をたたえる池を見つけ、水浴をするため、念持仏の如意輪観音像を木の枝の間に置いたところ、像は重くなり動かなくなってしまった。観音像は光明を発し、「これからはこの地に留まって、衆生を救済したい」と告げた。そこで太子は、六角堂を建立して観音像を安置して、本尊としたのがこの寺の始まりと云われている。小野妹子(小野妹子は男性)は、この池のほとりに「池坊(いけのぼう)」と呼ばれる住房を構え、本尊の如意輪観音像に花を供えることを務めにした。代々の住職も花を供える役目を受け継いできた。そこから華道が起こり、「華道池坊」に発展したと言われている。


撮影場所:紫雲山・頂法寺(六角堂)

住所:京都府京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町248